公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
「そうね、本当に辛いのはエマ自身よね。・・あなた、ご指示通りスカラ夫人宛てに早馬を送ったわ。エマのためにもすぐに準備をしなければ・・」

ん? 今度は何?
私の周りで、邸(やしき)の侍従たちが忙しなく動く。

「エマ、驚かずに聞いてくれ。今夜中に、この邸を出るんだ」

「えっ」

「今日までは婚約者の地位にいられたが、明日からは元婚約者のベリーフィールド伯爵令嬢だ。そうなると、殿下から婚約を破棄されたエマには、様々な好奇の目が向けられる。
中には良からぬことを企む者もいて、いま以上に辛い思いをするかもしれない。だから、国境近くに住む私の姉のところに、しばらく身を隠しておいた方がいい。
いままでずっと頑張ってきたんだ。少し、のんびりしてきなさい」

「・・はい」

「エマ様、こちらで着替えとお支度を・・」

私は侍女に誘導されるがまま、ドレスを脱いでコルセットを外し、緩やかなシルエットのワンピースに着替える。

そして似たようなデザインの服や身の回りの物がトランクに詰められ、あっという間に支度が整った。

門扉の前に停まる馬車に、荷物と共に乗り込む。
侍女は付かず、剣術に長けた腕の立つ護衛がひとりだけ。
これも目立たないように・・とのベリーフィールド伯爵の配慮だ。

「一緒に行ってやれず、すまない。だが、職務においては私も踏ん張りどころだと思うから、エマも分かってくれると嬉しいよ」

目を細め、ベリーフィールド伯爵は私を見る。
もちろん、伯爵を取り巻く状況は何となくだけど理解している。

お菓子作りの好きな民衆思いの娘と、中央権力との間に挟まれた苦しい状態。

「お父様、私のことは気にせず、お身体を大切にしてね。お母様も、私の分までお父様を支えてあげてください」

それだけ伝えるのが精一杯で、ふたりは『うんうん』と頷きつつ馬車の扉をゆっくりと閉める。
私と護衛を乗せた馬車は、誰にも気づかれることなく闇夜に消えていくのだった。




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