公爵の想い人は、時空を越えてやってきた隣国のパティシエールでした
公爵邸で過ごした3日間で。
すっかりと傷も癒えたのだから、もう、帰らなければ。

帰り支度というのも大袈裟だけれど、使わせてもらったレナード公爵の部屋を綺麗にし、荷造りを済ませた。

「エマ様、掃除は従者にやらせていいのですよ」

お茶でも・・と誘いにきてくれたリチャードさんが、部屋の様子に気づいたようだ。

「そういうわけにはいきません。ご不便をおかけしたお詫びも兼ねてのことですから」

「・・エマ様は、皇太子の婚約者にも選ばれるようなご令嬢ですのに、本当に不思議なお方だ」

「リチャードさんはご存じなのですね。ふふ・・社交性や交渉術には恵まれず、皇室には不適格だと婚約破棄されてしまいました」

リチャードが口にした『本当に不思議なお方』が何を意味するのか分からないまでも、自分が定義から外れていることくらいは自覚している。

「もし・・もし今後、エマ様が・・」

「おい、リチャード。何を言うつもりだ?」

騎士服に身を包んだレナード公爵は、詰所での執務を終えて戻ってきたようだ。

「あ、いえ。レナード様、お戻りでしたか。よろしければお茶をご一緒に・・」

「ああ。エマ嬢と行くよ」

「では、私は失礼いたします」

「リチャードさん、何か私に言いかけたのでは?」

リチャードの背中に呼びかけると、振り返らずに軽い会釈だけして部屋を出ていった。


「今日・・・・帰ってしまうんだな」

あえて私から視線を逸らし、レナード公爵はつぶやくように言う。

「はい・・すっかりご迷惑をおかけしてしまいました。レナード様にも、この邸のみなさんにも」

「そんなことはない。みんな喜んでいたさ」

「えっ」

「・・さぁ、少し休んだらスカラ夫人の元へ私が送って行こう。いくら非常事態とはいえ、結婚前の令嬢を何日も留め置いてしまった謝罪をしなければ」




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