【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「お、奥様! た、大変です。お客様が!」
切羽詰まった様子の使用人を継母はぎろりと睨み付ける。
「なによ騒がしいわね。約束もなしにやってくるなんて。それで、お客って一体誰?」
「北のサンドリッチ辺境伯のエドガー・グレイス様がお見えです!」
「サ、サンドリッチ辺境伯ですって!?」
「そんな……エドガー様だわ!」
継母とソニアが悲鳴にも似た声を上げる。
エドガー・グレイス。
(エドガー様が……?)
その名前に、アイリーンの心臓が激しく脈打った。
継母とソニアはアイリーンより一足早く部屋を飛び出して、螺旋階段を駆け下りていく。アイリーンは二階の窓から外を見た。屋敷の前にはサンドリッチの紋章をあしらった豪奢な馬車が見てとれた。
(エドガー様がいったいどうして我が家へ……?)
アイリーンは混乱していた。あの晩、屋敷までアイリーンを送り届けると、エドガーはあっという間に去っていった。あまりにもあっけない別れだった。そのため、エドガーがアイリーンの屋敷へやってきたのが信じられなかった。エドガーの申し入れでアイリーンも応接間へ呼ばれた。
使用人がエドガーを応接間へ案内する。エドガーはドレスシャツに紋章が刺繍された黒いフロックコートを纏っていた。その圧倒的な存在感にアイリーンはハッと息をのむ。
明るい場所で見るエドガーは、洗練された高貴さを漂わせていた。舞踏会で言葉を交わした時よりもその表情は固くて鋭い。
アイリーンに視線を向けたエドガーが目を見開く。
先程継母に叩かれたアイリーンの左頬が赤く腫れあがっていたからだろう。エドガーは膝の上の拳を固く握りしめて、さらに表情を険しくした。
アイリーンとエドガー、テーブルを挟んで継母とソニアが座った。重苦しい雰囲気を打ち破るようにエドガーが言葉を発した。
「突然の訪問を許して欲しい。今日ここへきたのはアイリーン嬢と結婚を認めてもらうためです」
エドガーの言葉に一番驚いていたのはアイリーンだった。
舞踏会の日に跪いて求婚されたのは、不憫なアイリーンを見かねてのことだったはずだ。
弾かれたように隣に座るエドガーに目を向ける。その横顔は真剣そのもので、冗談を言っている素振りは一切ない。
はるばる北の国境近くにある領地から時間をかけてやってきたことからも、彼の本気度が見て取れた。
「なっ……!」
継母とソニアは同時に声を漏らした。けれど、二人は余所行きの笑顔で取り繕う。
「舞踏会での話は娘のソニアから聞いております。ですが、辺境伯様のようなお方でしたら、アイリーンでなくてもお相手はたくさんいるはずではありませんか? ましてや、この子は傷モノですから」
「傷モノ?」
「ええ、顔に傷が――」
「それがなにか問題でも?」
継母の言葉を遮るようにエドガーが尋ねる。その瞳には侮蔑の色が広がっていた。
「顔に傷のあるアイリーンをパートナーとして社交場に連れていけば、辺境伯様の価値が下がってしまうのではありませんか?」
「いらぬ心配です。私は社交場が苦手なのです。ありがたいことにアイリーン嬢も同じだ」
舞踏会の後の馬車での会話を思い出す。強烈な眠気に襲われていたとはいえ、そんなようなことを言った記憶はある。
エドガーに冷たくあしらわれても、継母は折れなかった。
「でしたら、アイリーンではなくソニアはいかがでしょうか? この子も社交場が苦手なんです。アイリーンよりも若いですし、男性にも人気なんですよ」
継母に背中を押されたソニアが可愛らしく上目遣いでエドガーを見つめた。すると、黙って話を聞いていたエドガーが口を開いた。
切羽詰まった様子の使用人を継母はぎろりと睨み付ける。
「なによ騒がしいわね。約束もなしにやってくるなんて。それで、お客って一体誰?」
「北のサンドリッチ辺境伯のエドガー・グレイス様がお見えです!」
「サ、サンドリッチ辺境伯ですって!?」
「そんな……エドガー様だわ!」
継母とソニアが悲鳴にも似た声を上げる。
エドガー・グレイス。
(エドガー様が……?)
その名前に、アイリーンの心臓が激しく脈打った。
継母とソニアはアイリーンより一足早く部屋を飛び出して、螺旋階段を駆け下りていく。アイリーンは二階の窓から外を見た。屋敷の前にはサンドリッチの紋章をあしらった豪奢な馬車が見てとれた。
(エドガー様がいったいどうして我が家へ……?)
アイリーンは混乱していた。あの晩、屋敷までアイリーンを送り届けると、エドガーはあっという間に去っていった。あまりにもあっけない別れだった。そのため、エドガーがアイリーンの屋敷へやってきたのが信じられなかった。エドガーの申し入れでアイリーンも応接間へ呼ばれた。
使用人がエドガーを応接間へ案内する。エドガーはドレスシャツに紋章が刺繍された黒いフロックコートを纏っていた。その圧倒的な存在感にアイリーンはハッと息をのむ。
明るい場所で見るエドガーは、洗練された高貴さを漂わせていた。舞踏会で言葉を交わした時よりもその表情は固くて鋭い。
アイリーンに視線を向けたエドガーが目を見開く。
先程継母に叩かれたアイリーンの左頬が赤く腫れあがっていたからだろう。エドガーは膝の上の拳を固く握りしめて、さらに表情を険しくした。
アイリーンとエドガー、テーブルを挟んで継母とソニアが座った。重苦しい雰囲気を打ち破るようにエドガーが言葉を発した。
「突然の訪問を許して欲しい。今日ここへきたのはアイリーン嬢と結婚を認めてもらうためです」
エドガーの言葉に一番驚いていたのはアイリーンだった。
舞踏会の日に跪いて求婚されたのは、不憫なアイリーンを見かねてのことだったはずだ。
弾かれたように隣に座るエドガーに目を向ける。その横顔は真剣そのもので、冗談を言っている素振りは一切ない。
はるばる北の国境近くにある領地から時間をかけてやってきたことからも、彼の本気度が見て取れた。
「なっ……!」
継母とソニアは同時に声を漏らした。けれど、二人は余所行きの笑顔で取り繕う。
「舞踏会での話は娘のソニアから聞いております。ですが、辺境伯様のようなお方でしたら、アイリーンでなくてもお相手はたくさんいるはずではありませんか? ましてや、この子は傷モノですから」
「傷モノ?」
「ええ、顔に傷が――」
「それがなにか問題でも?」
継母の言葉を遮るようにエドガーが尋ねる。その瞳には侮蔑の色が広がっていた。
「顔に傷のあるアイリーンをパートナーとして社交場に連れていけば、辺境伯様の価値が下がってしまうのではありませんか?」
「いらぬ心配です。私は社交場が苦手なのです。ありがたいことにアイリーン嬢も同じだ」
舞踏会の後の馬車での会話を思い出す。強烈な眠気に襲われていたとはいえ、そんなようなことを言った記憶はある。
エドガーに冷たくあしらわれても、継母は折れなかった。
「でしたら、アイリーンではなくソニアはいかがでしょうか? この子も社交場が苦手なんです。アイリーンよりも若いですし、男性にも人気なんですよ」
継母に背中を押されたソニアが可愛らしく上目遣いでエドガーを見つめた。すると、黙って話を聞いていたエドガーが口を開いた。