【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「悪いが、今は言いたくない。だが、人違いで求婚をするほど俺は間抜けではない」

 エドガーはなぜか頑なだった。恐らくどんなに追及しても口を割ることはないだろう。

「……分かりました。どのような理由があったにせよ、こうしてわたしをあの家から引き離してくださったことに感謝しております」

 アイリーンはすっと背筋を伸ばして丁重に頭を下げたあと、おずおずとこう言った。

「ただ、屋敷に残された使用人たちのことがなにより心配です。継母とソニアには冷遇されましたが、使用人たちはみな優しくしてくれたのです」

 今頃、エドガーに言い負かされた継母とソニアが使用人たちへ怒りをぶつけているのかもしれないと考えると胸が張り裂けそうになった。

「アイリーン嬢の気持ちはわかった。使用人を救い出す方法を考えてみる」
「ありがとうございます」

エドガーの心強い言葉にアイリーンはにこりと笑みを浮かべた。

「エドガー様、これからはどうぞアイリーンとお呼びください」
「……分かった」

 エドガーは小さく頷き、窓の方へ視線を向けた。その横がはどことなく照れくさそうだった。

「もうすぐ着くぞ」

 夕暮れ時、アイリーンはエドガーの言葉に慌てて目元を隠す黒いレースのベールを取り出した。

「それは目元の傷を覆う物か?」
「ええ。これからお屋敷の方々にお会いしますでしょう? お相手に気を遣わせたくないので」

 舞踏会での人々の反応は様々だったけれど、傷を晒すことで相手を怖がらせたり、不快な思いをさせるのは嫌だった。

「あなたがその傷を見られたくないわけではないのか?」
「前にも言いましたが、私自身はこの傷を大したことだと思っていません。ですが、やはり周りの方を不快な気持ちにさせてしまいますので――」
「だったら、問題ない。俺はあなたの顔の傷が気にならない」

 エドガーはアイリーンの手からベールを奪った。

「エドガー様!?」
「あなたの傷を見て不快に思ったり、悪く言ったりする人とは今後一切関わらなくていい。もしもその傷を馬鹿にする人間がいたら、俺が八つ裂きにしてやろう」

 エドガーの口調は鋭い。アイリーンを貶す者がいればただでは済まさないという強い意志が感じられた。

「八つ裂きは物騒ですわ。なにか他の方法で成敗してくれるとありがたいです」

クスクスと笑うアイリーンを見て、エドガーも固かった表情を緩める。

「もちろんそんなことはしない。言葉のあやだ」
「ええ、分かっていますとも。でも、エドガー様はいつもわたしを庇ってくださりますね」

 アイリーンはエドガーに微笑んだ。

「エドガー様の優しさが、嬉しかったです」

その言葉にエドガーは少し困ったように眉を寄せて「俺は優しくなどない」とむきになって言い返してきた。
 どうやら褒められることが苦手な様子だ。エドガーの照れくさそうな横顔を見ていると、自然と頬が緩んで、アイリーンの胸はじんわりと温かくなる。この甘酸っぱくくすぐったいような気持ちがいったいなにか、アイリーンはまだよく分かっていなかった。
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