【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「ちょっと待って。今、とるわ」
「お嬢様、いけません、怪我をしてしまいます!」

アイリーンが何をするつもりなのか瞬時に察した使用人が、悲鳴にも似た声を上げる。

 彼女はなんの迷いもなく薔薇の茂みの中に腕を伸ばしてそれを拾い上げた。薔薇の棘が腕のあちこちに突き刺さる。痛みを堪えながら手を引く。細くて白いアイリーンの腕にはじんわりと赤い血が滲んでいた。

「ああ、なんてことでしょう! アイリーンお嬢様、血が……」
「こんなのかすり傷よ。それに、私と同じことをしたらあなたが怪我をしてしまったわ」

 アイリーンがにっこりと微笑んで使用人に真珠のイヤリングを手渡そうとしたときだった。

「使用人となにをコソコソしているの!」

 揃って現れたのはこれから夜会に出かけるのかと勘違いしそうになるほど華美なドレスを纏った継母と義妹のソニアだった。
どちらも赤髪に濃い茶色の瞳をしているが、顔つきは全く違う。つり目で見るからに気の強そうな継母とは違い、義妹のソニアはまん丸い瞳の童顔でまるでリスのような可愛いらしい容姿をしている。身長も百五十センチないだろう。小柄で細身のその姿から、男性たちからは虫一匹殺せないほどか弱い女性だと思われているらしい。もちろん、これは本人から自慢げに聞いた話の為、本当のところはアイリーンにも分からなかった。

豪華なドレスを身に着けている二人とは対照的に、アイリーンが着ているのは飾り気の一切ない長年着古したみすぼらしいグレーのワンピースだった。破れやほつれは裁縫の得意なアイリーンが自身で修繕した。一見すると使用人と間違われてしまいそうなほど質素な装いをしている。

「コソコソなどしておりません。ソニアが失くしたイヤリングを見つけ出しただけです」
「ああ、そう。じゃあ、返してちょうだい!」

 継母はアイリーンの手から無理矢理真珠のイヤリングをむしり取り、そっとソニアに渡した。そして、汚い物でも触った後のように、両手をアイリーンの顔の前でパンパンッと払って見せた。

「今後は勝手にソニアの物に触れないでちょうだい」
「でしたら大切なイヤリングを落とさないようにソニアに言って聞かせてください。使用人は忙しいのです。失くし物を探させるのは、これで最後にしてください」
「なんですって!? アンタ、口答えするつもりなの!?」

 継母が眼をつるし上げるが、アイリーンは動じない。

「そのイヤリングは薔薇の茂みの中に落ちていました。まるで意図的に放り投げられたみたいに」

 義妹のソニアは度々失くし物をする。その度に継母は誰かに盗まれたのだと大騒ぎを始める。
そうなったら、身の潔白を証明するために、使用人たちは総出で屋敷や園庭を探し回ることになる。無実にも関わらず、あらぬ疑いをかけられて屋敷を追い出された使用人もいる。
ソニアは大勢の人間を意のままに動かすことで、悪趣味にも支配欲を満たしているのだ。
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