【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
※※※
アイリーンとシーナが親交を深めている頃、執務室の椅子に座ったエドガーは机の上で神妙な表情で手を組んだ。エドガーは鋭い視線を目の前に立つ執事のルシアンに向けた。あまりに深刻そうな表情に、机の向かいに立つルシアンは何事かと表情を引き締めた。
「ルシアン、お前はいったいどうしてくれるんだ」
エドガーが唸るような低い声を出した。その顔はいまだに険しいままだ。
「と、おっしゃいますと?」
「お前の言葉で彼女に誤解されてしまったかもしれないだろう」
「彼女というのは、アイリーン様でしょうか?」
「他に誰がいるんだ」
エドガーが言いたいのは『堅物のエドガー様もさすがに美女には弱――』というルシアンの一言だった。言わずともそれを悟った勘の良いルシアンはやれやれと笑みを浮かべる。
「それなら、大丈夫でしょう。エドガー様は私が言いきらぬうちに、言葉を遮られたではないですか」
エドガーに咎めるような視線を投げかけられているにも関わらず、ルシアンは飄々としていた。エドガーにとってルシアンは頼れる兄のような存在だ。ルシアンは父を亡くして途方にくれるエドガーを叱咤激励し、サンドリッチ領を守るのはエドガーしかいないのだと言い聞かせた。父の跡を継いで辺境伯になった後も、ルシアンが右腕となりエドガーを支えてくれている。口には絶対に出さないが、エドガーにとって心から大切な存在だった。
「だとしても、あんな言い方はないだろう。俺が容姿の良い女性なら誰でもいいのだと彼女に誤解される! いや、むしろすでに誤解されて、幻滅されてしまったかもしれない」
「気にしすぎです。ですが、アイリーン様のあの美しさにも心を惹かれたのではないですか?」
ルシアンはエドガーの気持ちを見透かすようにニッと笑った。
「確かに彼女は美しい。今まで出会ったどんな女性よりもずっと……」
舞踏会の会場の隅にひとり佇んでいたアイリーンを見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が体を突き抜けた。目元に仮面をつけてはいるものの、見る者を虜にするほどの美しい佇まいだった。目が釘付けになった。
美しいと噂される令嬢たちを見ても、こんな風に目を奪われたことは一度もなかった。
しばらくすると、アイリーンはエドガーの視線に気付いた。 目が合っても彼女は一切動じず、エドガーの目をジッと見つめた。心臓が音を立てた。
その瞳は宝石のような澄んだ青色だった。
「だが、もちろんそれだけで求婚したりしない。彼女は容姿だけでなく、心が綺麗なんだ」
エドガーはルシアンに全幅の信頼を寄せていた。だからあの日、仮面舞踏会から屋敷へ戻ったエドガーはなんの迷いもなくルシアンの寝室へ向かった。まだ日が昇る前で辺りは真っ暗だった。
寝室を開けて寝台へ歩み寄りスヤスヤと穏やかな寝息を立てるルシアンの体を揺すり起こしたエドガーは「結婚相手が見つかったぞ!」と高らかに叫んだのだった。
「普段なら絶対に行かない仮面舞踏会に行くと言い出したときから、おかしいと思っていたんです。ですが、まだ夜も明けきらぬ前から叩き起こされるこちらの身にもなっていただきたいものです。あと一歩で心臓が止まるところでしたよ」
「それは、まあ……すまなかった。だが、一刻も早くお前に報告したかったんだ」
エドガーは反省するかのように眉を下げた。
ルシアンの言う通り、エドガーが華やかな場へ足を運ぶことは珍しい。派手で女好きの貴族は多いが、エドガーはそういうものに一切興味がなかった。そんなところで時間を潰すぐらいなら仕事をしている方が性に合っていた。さらに、二年前のある出来事をキッカケにさらに足が遠のいてしまった。
「アイリーン様に心惹かれているなら、きちんとお気持ちを伝えるべきかと」
「いや、まだその時ではない」
エドガーは首を横に振った。
アイリーンとシーナが親交を深めている頃、執務室の椅子に座ったエドガーは机の上で神妙な表情で手を組んだ。エドガーは鋭い視線を目の前に立つ執事のルシアンに向けた。あまりに深刻そうな表情に、机の向かいに立つルシアンは何事かと表情を引き締めた。
「ルシアン、お前はいったいどうしてくれるんだ」
エドガーが唸るような低い声を出した。その顔はいまだに険しいままだ。
「と、おっしゃいますと?」
「お前の言葉で彼女に誤解されてしまったかもしれないだろう」
「彼女というのは、アイリーン様でしょうか?」
「他に誰がいるんだ」
エドガーが言いたいのは『堅物のエドガー様もさすがに美女には弱――』というルシアンの一言だった。言わずともそれを悟った勘の良いルシアンはやれやれと笑みを浮かべる。
「それなら、大丈夫でしょう。エドガー様は私が言いきらぬうちに、言葉を遮られたではないですか」
エドガーに咎めるような視線を投げかけられているにも関わらず、ルシアンは飄々としていた。エドガーにとってルシアンは頼れる兄のような存在だ。ルシアンは父を亡くして途方にくれるエドガーを叱咤激励し、サンドリッチ領を守るのはエドガーしかいないのだと言い聞かせた。父の跡を継いで辺境伯になった後も、ルシアンが右腕となりエドガーを支えてくれている。口には絶対に出さないが、エドガーにとって心から大切な存在だった。
「だとしても、あんな言い方はないだろう。俺が容姿の良い女性なら誰でもいいのだと彼女に誤解される! いや、むしろすでに誤解されて、幻滅されてしまったかもしれない」
「気にしすぎです。ですが、アイリーン様のあの美しさにも心を惹かれたのではないですか?」
ルシアンはエドガーの気持ちを見透かすようにニッと笑った。
「確かに彼女は美しい。今まで出会ったどんな女性よりもずっと……」
舞踏会の会場の隅にひとり佇んでいたアイリーンを見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が体を突き抜けた。目元に仮面をつけてはいるものの、見る者を虜にするほどの美しい佇まいだった。目が釘付けになった。
美しいと噂される令嬢たちを見ても、こんな風に目を奪われたことは一度もなかった。
しばらくすると、アイリーンはエドガーの視線に気付いた。 目が合っても彼女は一切動じず、エドガーの目をジッと見つめた。心臓が音を立てた。
その瞳は宝石のような澄んだ青色だった。
「だが、もちろんそれだけで求婚したりしない。彼女は容姿だけでなく、心が綺麗なんだ」
エドガーはルシアンに全幅の信頼を寄せていた。だからあの日、仮面舞踏会から屋敷へ戻ったエドガーはなんの迷いもなくルシアンの寝室へ向かった。まだ日が昇る前で辺りは真っ暗だった。
寝室を開けて寝台へ歩み寄りスヤスヤと穏やかな寝息を立てるルシアンの体を揺すり起こしたエドガーは「結婚相手が見つかったぞ!」と高らかに叫んだのだった。
「普段なら絶対に行かない仮面舞踏会に行くと言い出したときから、おかしいと思っていたんです。ですが、まだ夜も明けきらぬ前から叩き起こされるこちらの身にもなっていただきたいものです。あと一歩で心臓が止まるところでしたよ」
「それは、まあ……すまなかった。だが、一刻も早くお前に報告したかったんだ」
エドガーは反省するかのように眉を下げた。
ルシアンの言う通り、エドガーが華やかな場へ足を運ぶことは珍しい。派手で女好きの貴族は多いが、エドガーはそういうものに一切興味がなかった。そんなところで時間を潰すぐらいなら仕事をしている方が性に合っていた。さらに、二年前のある出来事をキッカケにさらに足が遠のいてしまった。
「アイリーン様に心惹かれているなら、きちんとお気持ちを伝えるべきかと」
「いや、まだその時ではない」
エドガーは首を横に振った。