【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「アイリーンにできること……?」

エドガーは顎を指で擦って、なにかを考え込むように眉を寄せてじっと一点を見つめた。そして、はっと何かを思いついたように瞳をわずかに見開いた。

「なにかありましたか?」
「笑顔が見たい」
「え?」
「俺の隣であなたに笑っていてもらいたい」

 あまりに直球なセリフにアイリーンは思わず、ふふっと微笑んだ。

(エドガー様の言葉はいつもわたしを優しい気持ちにさせてくれるわ)

「そんな簡単なことでよろしいのですか?」
「それは、簡単なことなのか?」
「ええ」

 継母たちの前では感情を押し殺してあまり顔に出すことはなかったけれど、元々のアイリーンは表情豊かなほうだ。エドガーと話していると楽しくて、自然と笑顔になれる。アイリーンにとってエドガーの願いはたやすいものだった。

「逆に俺に望むことはないか? 聞きたいことでもいい。なんでも遠慮なく言ってくれ」
「では、一つだけよろしいでしょうか?」
「ああ」

 アイリーンはエドガーの椅子の傍に立てかけてある杖に目を向けた。
 それに気付いたのか、エドガーの顔に一瞬だけ陰が差した気がした。人には多かれ少なかれ、他人に触れられたくないことがある。踏み込み過ぎた質問をしてしまったと心の中で悔やんでいると、エドガーが口を開いた。

「薄々気付いていると思うが、左足がうまく動かせないんだ」
「すみません、言いたくないことでしたら――」
「いいんだ、聞いてくれ。実は、二年前に戦で怪我をした。日常生活は問題なく送れているが、屈んだりする動作はうまく力が入れられず難しいんだ」
「わたしに求婚してくれた時によろけていたのもそのせいだったのですね」

 ようやく腑に落ちた。エドガーは細身ながらひょろりとした体型ではなかった。全身にまんべんなくしなやかな筋肉が着いていたのが服の上からでも見て取れた。特に上半身は鍛え上げられ、その美しい顔に不似合いなほどがっちりとしていた。

「後出しで申し訳ないが、俺は舞踏会でアイリーンとダンスを踊ってあげられない」

 エドガーは申し訳なさそうに視線を落とした。

「他にも一緒に過ごすことで不便をかけることがあるかもしれない。アイリーンがなにかを一緒にしたいと思っても叶えてあげられないこともあるはずだ。それがなにより心苦しい」

 その真摯な言葉に胸が打ち震える。

(なんて正直な方なのかしら……)

 アイリーンの目の前にいるのは冷徹辺境伯ではなく、心優しきエドガーという美しい男性だった。その告白は、アイリーンへの慈しみで溢れていた。その優しさが琴線に触れて、胸がいっぱいになる。
 シーナも言っていた。戦時、エドガーが矢面に立ち、領民を守ったのだと。左足の怪我は、辺境伯として勇敢に戦ったなによりの証拠だった。

「貴族の集まりでは、俺と一緒にいることで白い目で見られることもあるだろう。舞踏会の時のように笑われることもあるかもしれない」

 アイリーンは首を大きく振った。

「エドガー様が心苦しく思う必要はありません。わたしはダンスなど踊れなくても構いません。それに、白い目で見られるのはわたしの方ですから」

 アイリーンはそっと自身の傷に触れた。

「エドガー様は言ってくれましたよね? わたしの顔の傷が気にならないと」
「ああ」
「わたしも同じ気持ちです。エドガー様の足を笑ったり馬鹿にする人がいたら、わたしが八つ裂きにしてさしあげます!」

『あなたの傷を見て不快に思ったり、悪く言ったりする人とは今後一切関わらなくていい。もしもその傷を馬鹿にする人間がいたら、俺が八つ裂きにしてやろう』

 エドガーの言葉をもじって言うアイリーンを見て、エドガーが「ははっ」と楽しそうに笑った。弾けるようなエドガーの笑顔を見たのは初めてで、心臓がドクンドクンッと大きな音を立てた。 
 白い歯を見せて笑うエドガーから目が離せない。胸の中に込み上げる熱い感情にアイリーンは自身の彼への想いに気付いた。くすぐったいような甘酸っぱいようなこの気持ちはエドガーへ想いを寄せているからだ。

(わたし……エドガー様を好きになってしまったんだわ)

「そうか。それは、頼もしいな」

彼がアイリーンに望んだように、彼女も同じことを望んでいた。

(ずっと隣でエドガー様の笑顔を見ていたい……)

 アイリーンはうるさく鳴る心臓にそっと手を当てて、そっと微笑んだ。
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