【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「このバカ野郎! す、すみません、アイリーン様……コイツ、ただバカなだけで悪意はなくて……」

 団員の一人がディルの後頭部を叩いた。ディルは何事かと振り返り、頭を擦りながら首を傾げている。
 唐突なことにアイリーンは瞬きを繰り返した後、「ふっ」とたまらず吹き出した。
 誰しも皆、アイリーンの目の傷の話は避ける。こんな風にお揃いだと笑顔で嬉しそうに言われたのは初めてだった。

「ええ、わたしは左側、ディル様は右側ですね」

 にっこりと微笑むアイリーンにディルはぱぁっと目を輝かせる。大きな体だが、飼い主に尻尾を振る従順な子犬のようだった。

「はい! ああ、なんて可憐で可愛らしい笑顔なんだ。まるで天使が降ってきたようだ……エドガー団長の婚約者様でなければどんなによかっ――」
「――ディル、そこまでにしろ。このままではお前をぶん殴ってしまいそうだ」

 鈍感で天然なディルもエドガーの怒りのオーラだけは感じ取ったようだ。

「申し訳ありません……」

騎士団員はアイリーンに敬礼し、シュンッと肩を落とすディルを他の騎士団員が引っ張っていく。ようやく静けさが訪れた。

「騒がしい奴らが多いだろう」
「いえ、皆さんとっても良い方ですわ。ディル様も面白いですね」

 思い出し笑いをするアイリーンにエドガーは困ったように頭をかく。

「突然で驚いただろう。アイツは悪い奴ではないんだが、脳みそまで筋肉でできている男なんだ」
「わたしは気にしていません。むしろ、お揃いだと言ってもらえて親近感がわきました」

 アイリーンはエドガーを安心させるために微笑んだ。

「エドガー様の稽古姿、とっても素敵でした。これ以上はお邪魔になってしまいそうなので屋敷へ戻ります」
「……いや、邪魔ではない。むしろいてくれれば俺の士気は上がる……が、騎士団の奴らがあなたに見惚れるのを見ていると殺意が……」

 どんどん小さくなっていくエドガーの言葉が聞き取れず首を傾げる。

「いや、なんでもない。気を付けて帰れよ」

 サンドリッチ領にいるのだから、危険などないはずだ。エドガーは過保護に言ってアイリーンの頭をポンッと叩いた。
 見上げたエドガーの勇ましくも穏やかな表情にアイリーンは胸を焦がしたのだった。
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