【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「そんなことがあったのね。お父様もあなたの姿が見えないことをずっと心配していたのよ」
「あの日、仮面舞踏会へ招待してもらっていなければ、今もわたしはあの屋敷で窮屈な生活を強いられていたはずだわ。あなたのお父様には感謝してもしきれないわ」
「当たり前のことをしたまでよ。それにしても、信じられないわ。継母と義妹の分際で、嫡女のあなたを虐げていたなんて! そもそも、あなたのお父様にも腹が立つわ。傷モノだからってなによ。その傷は、一人の少女を救った勲章みたいなものじゃない!」
「勲章……?」
そんなことを言われたのは初めてのことだった。オゼットの言葉に思わず彼女を食い入るように見つめた。目が合うなり、オゼットは額に手を当てて顔をしかめた。
「あ~まったく、悔しいわ。なんて美しいんでしょう。わたし以上に美しい女性がこの世に存在したのね」
オゼットの言葉に、アイリーンは一瞬なにを言われているのか理解できなかった。
「……え?」
「その間抜け顔はやめなさい。せっかくの美しい顔が台なしだわ。エドの妻になるんだったら、他の令嬢に馬鹿にされないような振る舞いをなさい」
ぴしゃりと言うオゼットに面食らう。
(そんなことを言うあなただって、さっき物凄く変な顔をしていたじゃない?)
という言葉をぐっと呑み込む。オゼットの言い方はキツい。けれど、不思議とその言葉のあちこちにふわりとした優しさを感じた。
「ただ、あなたには感謝しないといけないわね。エドがようやく前を向こうとしてくれているんだもの」
「それはどういう意味?」
「わたしにはロイズという兄がいて、エドと兄は親友だったの。でもね、兄は二年前に戦死したの」
「二年前……?」
エドガーが足に怪我を負ったのと同時期だ。オゼットの兄のロイズは私用でエドガー宅を訪れていた。そのとき、隣国の兵士が攻め入ってきたという情報が入った。北が陥落すれば、王都を狙われる可能性がある。正義感の強いロイズはエドガーと共に国を守るために戦う選択をした。
「後で騎士団の人に話を聞いたら、エドは戦い慣れしていない兄を案じて何度も止めたと言っていたの。でも、兄は耳を傾けなかった。結局、不意を突かれた兄は隣国の兵士に首を切られて死んだわ、エドの前でね。そのときに兄を助けようとしたせいで、エドは左足に大怪我を負ってしまったの。でも、エドは兄を一度も責めなかった」
「そんな……」
オゼットの話にアイリーンは言葉を失った。エドガーは目の前にいたロイズを助けられなかった自身の不甲斐なさと一人生き残ってしまったことに罪悪感を抱き、自身を責め続けたのただという。
「当時は塞ぎ込んで目も当てられないぐらいだったわ」
オゼットの目の淵が赤く染まる。エドガーだけでなく、彼女も大切な兄を戦で亡くしているのだ。
(エドガー様は本当にすごいお方なのね……)
辺境伯として生きるエドガーには、辛く暗い過去があった。大切な親友を目の前で殺されたエドガーの苦しさやつらさ、悲しみは想像にたやすい。時々、彼の目に陰が落ちるのはそのせいかもしれない。それでも彼は必死に歯を食いしばって生きてきたのだ。
人知れぬ努力を重ねて、今も領地と領民を守る為に尽力してくれているのだと改めて思い知らされた。
「兄が亡くなった後も、エドは良くしてくれるわ。冷たく見えるけど、義理堅い人なのよ」
「そうね。義理堅い人だわ」
舞踏会での口約束を律儀に守り、アイリーンを迎えにきてくれたところからも義理を大切にする人だということが伺える。
「ごめんなさいね、暗い話をして。でも、エドの妻になるあなたにはどうしても聞いて欲しかったの」
「話してくれてありがとう。また一つ、エドガー様という人を知ることができたわ」
オゼットはテーブルの上のティーカップをそっと持ち上げた。
「あの日、仮面舞踏会へ招待してもらっていなければ、今もわたしはあの屋敷で窮屈な生活を強いられていたはずだわ。あなたのお父様には感謝してもしきれないわ」
「当たり前のことをしたまでよ。それにしても、信じられないわ。継母と義妹の分際で、嫡女のあなたを虐げていたなんて! そもそも、あなたのお父様にも腹が立つわ。傷モノだからってなによ。その傷は、一人の少女を救った勲章みたいなものじゃない!」
「勲章……?」
そんなことを言われたのは初めてのことだった。オゼットの言葉に思わず彼女を食い入るように見つめた。目が合うなり、オゼットは額に手を当てて顔をしかめた。
「あ~まったく、悔しいわ。なんて美しいんでしょう。わたし以上に美しい女性がこの世に存在したのね」
オゼットの言葉に、アイリーンは一瞬なにを言われているのか理解できなかった。
「……え?」
「その間抜け顔はやめなさい。せっかくの美しい顔が台なしだわ。エドの妻になるんだったら、他の令嬢に馬鹿にされないような振る舞いをなさい」
ぴしゃりと言うオゼットに面食らう。
(そんなことを言うあなただって、さっき物凄く変な顔をしていたじゃない?)
という言葉をぐっと呑み込む。オゼットの言い方はキツい。けれど、不思議とその言葉のあちこちにふわりとした優しさを感じた。
「ただ、あなたには感謝しないといけないわね。エドがようやく前を向こうとしてくれているんだもの」
「それはどういう意味?」
「わたしにはロイズという兄がいて、エドと兄は親友だったの。でもね、兄は二年前に戦死したの」
「二年前……?」
エドガーが足に怪我を負ったのと同時期だ。オゼットの兄のロイズは私用でエドガー宅を訪れていた。そのとき、隣国の兵士が攻め入ってきたという情報が入った。北が陥落すれば、王都を狙われる可能性がある。正義感の強いロイズはエドガーと共に国を守るために戦う選択をした。
「後で騎士団の人に話を聞いたら、エドは戦い慣れしていない兄を案じて何度も止めたと言っていたの。でも、兄は耳を傾けなかった。結局、不意を突かれた兄は隣国の兵士に首を切られて死んだわ、エドの前でね。そのときに兄を助けようとしたせいで、エドは左足に大怪我を負ってしまったの。でも、エドは兄を一度も責めなかった」
「そんな……」
オゼットの話にアイリーンは言葉を失った。エドガーは目の前にいたロイズを助けられなかった自身の不甲斐なさと一人生き残ってしまったことに罪悪感を抱き、自身を責め続けたのただという。
「当時は塞ぎ込んで目も当てられないぐらいだったわ」
オゼットの目の淵が赤く染まる。エドガーだけでなく、彼女も大切な兄を戦で亡くしているのだ。
(エドガー様は本当にすごいお方なのね……)
辺境伯として生きるエドガーには、辛く暗い過去があった。大切な親友を目の前で殺されたエドガーの苦しさやつらさ、悲しみは想像にたやすい。時々、彼の目に陰が落ちるのはそのせいかもしれない。それでも彼は必死に歯を食いしばって生きてきたのだ。
人知れぬ努力を重ねて、今も領地と領民を守る為に尽力してくれているのだと改めて思い知らされた。
「兄が亡くなった後も、エドは良くしてくれるわ。冷たく見えるけど、義理堅い人なのよ」
「そうね。義理堅い人だわ」
舞踏会での口約束を律儀に守り、アイリーンを迎えにきてくれたところからも義理を大切にする人だということが伺える。
「ごめんなさいね、暗い話をして。でも、エドの妻になるあなたにはどうしても聞いて欲しかったの」
「話してくれてありがとう。また一つ、エドガー様という人を知ることができたわ」
オゼットはテーブルの上のティーカップをそっと持ち上げた。