【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「驚いた、こんなに上手かったんだな。画家になれるぐらいの腕前だ」
「そんなことはありません」
「これは唯一無二の特技だ。もっと誇った方がいい」

 エドガーに褒められて自然と頬が緩む。

(勇気を出してプレゼントしてみてよかったわ)

 エドガーは画用紙を大切そうに筒状に丸めたとき、再び風が吹いた。首元の開いたドレスを着ているアイリーンは思わず肩を震わせる。それに気付いたエドガーは自身の上着を脱ぎ、そっとアイリーンの肩にかけてくれた。

「ありがとうございます。でも、エドガー様が風邪をひかれたら大変です」
「問題ない。体は強い方だ。だが、あなたは今にも壊れてしまいそうなほどに華奢だ。風邪をひいてこじらせでもしたら大変だ」
「その点はご安心ください。わたしもエドガー様と同じく体は強い方ですので」

 雪の降る寒い日に継母に冷たい水を頭から浴びせられた時だって、風邪などひかなかった。

「俺が心配なんだ」

 心からアイリーンを心配してくれているのがその優しい声色から伝わってきた。

「……では、中へ入りましょうか?」
「一緒に夜空を見たいんじゃなかったのか?」
「ですが、エドガー様が……」
「あなたの願いならなんでも叶えてあげたいんだ。……だったら、こうしよう。俺に遠慮などしなくていい」

 アイリーンの心を見透かしたように言って、エドガーは杖を立てかけた。そして、ふわりと彼女の体を後ろから両腕で抱きしめた。上着越しに感じるエドガーの体温に胸が激しく鳴った。エドガーの体は想像以上に大きく、アイリーンの体をすっぽりと包み込んだ。

「嫌だったら言ってくれ」
「嫌ではありません」
「よかった。それなら、あと少しだけこのままでいさせてくれ」

 耳元で感じる低い声と甘い香料のような匂いに酔ってしまいそうだ。

(どうしましょう……。心臓の音がエドガー様に届いてしまいそうだわ)

 オゼットの言っていた通りの展開になったことにアイリーンは動揺していた。
こんな風に男性から抱きしめられるのが初めてだったアイリーンは、こんなにも温かく幸せな気持ちになるなどと知らなかった。エドガーへの愛おしさが沸き上がって、胸がいっぱいになる。

「アイリーン。俺たちの結婚のことなんだが、あと少しだけ待ってくれ」
「エドガー様さえよろしいのなら、わたしはいつでも構いません」

 アイリーンはエドガーに惹かれている。慕っているエドガーと結婚できるのならば、一か月後でも二か月後でも構わない。

「本当は今すぐにでも式を挙げたいんだが……。すまない」
「謝らないでください」

 アイリーンは明るく答えた。エドガーにもなにか事情があるのだろう。まだ出会って間もないエドガーへの気持ちは、日に日に募っている。

「その日を心待ちにしております」
「ああ」

 今できるアイリーンなりの精一杯の愛情表現に、彼女を抱き締める腕にわずかに力がこもった気がした。
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