【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「やっぱりそうなのか?」

 ルシアンの反応をエドガーは注意深く見つめた。聞いたはいいが、「はい」と言われれば、ルシアンは恋敵となる。今までと同じように接することができなくなるかもしれない。
もちろん相手が誰であれアイリーンを譲る気など一切ない。
アイリーンをこの屋敷に連れてきて一緒に暮らし始めてからは、彼女への思いがどんどん強くなっているのを感じていた。

「……ぶぶっ! あっはっはっ!」

 風船が破裂したかのように吹き出したルシアンはひーひー言いながら笑い声をあげた。
 エドガーはルシアンの口元を押さえて、調理場を覗き込んだ。

(よかった……。気付かれていない……)

 エドガーは胸を撫で下ろして、ルシアンを見やって、静かにするように唇に人差し指を寄せた。

「ルシアン、急に笑うとは何事だ」
「ふふふふっ、すみません。エドガー様がおかしなことをおっしゃるので、つい。ふふっ」
「なにがおかしい」
「アイリーン様はエドガー様の婚約者様ですよ? わたしが変な気を起こすわけがないでしょう」
「だが、警戒心の強いお前がアイリーンのことはすぐに受け入れただろう? なぜだ?」

 ルシアンは屋敷で働く使用人に至るまで、きちんと面接をして、その人柄を見極めてから採用を決める。例え家柄の良い貴族の娘が面接にやってきても、ルシアンのお眼鏡に叶わなければこの屋敷で働くことすら叶わないのだ。

「優しい微笑みの下に醜悪な化け物を潜ませている女性は数多います。もちろん、最初はアイリーン様のことも警戒しましたとも。ですが初めてお会いしたとき、アイリーン様の侍女に対する分け隔てのない態度に好感を持ちました」
「侍女に対して?」
「ええ、侍女を軽く扱う令嬢は多いと聞きます。なので、ちょっと試してみたのです」

 ルシアンの話はこうだ。アイリーンが屋敷へやってきたとき、部屋の前で侍女のシーナにアイリーンを任せて去った。そう見せかけて部屋の扉をわずかに開けて二人の様子を観察していたのだと言う。

「お前はなんていやらしい男なんだ」

 エドガーは心底呆れ返って、目の下を引きつらせる。

「心外ですね。できる執事と言ってください」
「まあいい。それでどうだったんだ?」
「アイリーン様は私が去った後も、侍女への態度を変えませんでした。そこで、二人はエドガー様の話をなさっていましたよ」
「俺の話だと?」
「ええ、聞きたいですか?」

 含みを持たせた笑みで尋ねるルシアンに、エドガーはプライドをかなぐり捨てて頷いた。

「ああ。それで、なんて言っていたんだ?」
「ふふ。そんなに焦らないでくださいよ。アイリーン様はあなたを気遣いもできると褒めていましたよ」
「アイリーンが俺を……? 他には何か言っていたか?」

 自然と頬が緩み、エドガーの心がじわじわと暖かくなる。

「エドガー様のことをもっと知りたいと、そうおっしゃっていました」

「……そうか」

(よかった……。嫌われてはいないようだな)

エドガーはホッと胸を撫で下ろす。もちろん、アイリーンの言葉の中に好意が含まれているとは思っていない。アイリーンは真面目で誠実だ。彼女がエドガーの婚約者としての義務を果たそうとしてくれているのが伝わってくる。最近では、シーナに紅茶の美味しい淹れ方を習ったといい、執務室にこもって職務をするエドガーにお茶を運んでくれる。
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