【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
第三章
「実はイベルトン伯爵家のオゼットからガーデンパーティの誘いが来ているんだ」

 サンドリッチ邸へやってきてから二週間が経ったこの日、朝食を食べ終えた後エドガーがこう切り出した。

「普段なら断るが、今回は俺とアイリーンの連名で届いたんだ。俺の婚約者として参加して欲しいらしい。おそらく、義妹のソニア嬢も招待されていると思う。アイリーンはどうしたい?」

 エドガーはアイリーンに選択を委ねるように尋ねた。アイリーンが以前華やかな場は苦手でひどく疲れたと話したのを覚えていて、気遣ってくれているのだろう。

「せっかく招待してもらったので、エドガー様さえよろしければ一緒に行きませんか?」
「アイリーンがいいなら構わない。だが、無理をする必要はないぞ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、オゼットに会いたいのです」
「そうか、分かった。出席すると伝えておく」
「よろしくお願いします」 

 とはいえ、今度は仮面舞踏会ではない。イベルトン伯爵家主催のガーデンパーティともなれば国内屈指の貴族を招くのだろう。パーティでの粗相は許されない。アイリーンに不手際があれば、婚約者のエドガーの評判まで落とすことになりかねない。
 しかも、そのパーティにはソニアも招待されているだろう。華やかな場所が大好きなソニアが断るとは思えない。となれば、二週間ぶりに顔を合わせることとなる。

「どうした。気難しい顔をして」
「すみません。パーティでエドガー様の婚約者としての振る舞いがきちんとできるのか心配で……」
「それなら問題ない。なにかあれば手助けする。だが、心配なら家庭教師をつけることもできるが」
「家庭教師をつけてくださるのですか?」
「もちろんだ。淑女教育が嫌だとオゼットがよく嘆いていたが、あなたは違うんだな」

ぱあっと分かりやすく表情を明るくしたアイリーンに、エドガーはふっと優しく微笑んだ。

 早速翌日からアイリーンの淑女教育が始まった。家庭教師を務めてくれるのはハンナ夫人という厳格そうな老婦人だった。公爵家夫人の侍女を務めたという彼女は貴族の常識や作法に詳しく教育係に適任だとエドガーが呼び寄せてくれた。
 実家で一通りの礼儀作法を身に着けているアイリーンだが、ハンナ夫人は容赦なかった。
 慣れない踵の高い靴を履かされ、頭の上に分厚い本を五冊乗せられたまま、長い廊下を何往復もさせられる。

「姿勢を正して、視線は真っすぐ前に!」

 初日からきっちりしごかれて疲労困憊になりながらも、アイリーンは一切弱音を吐かなかった。踵は靴擦れでボロボロになり、皮がむけて血が滲んでいた。侍女のシーナはアイリーンを労うように薬を塗り、励ますようにアイリーンが好きな紅茶を淹れてくれるのだった。

最終日には厳しいハンナ夫人から「合格よ。あなたは完璧な淑女だわ」と笑顔でお墨付きをもらえた。達成感がアイリーンの胸の中に広がっていく。あんなに辛いハンナ夫人の淑女教育を受けたのだ。きっとパーティでもエドガーの婚約者としてうまく立ち回れる。アイリーンは自分自身にそう言い聞かせた。

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