【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
 ガーデンパーティから三日が経った。あの日からアイリーンは自室に閉じこもるようになってしまった。エドガーを避けるように、食事も自室でとっている。

「アイリーン様があんなに塞ぎ込んでおられるのは、なにか理由があるはずです。ガーデンパーティで一体なにがあったのですか?」

 執務室のデスク前の椅子に座り狼狽して頭を抱えるエドガーをルシアンは冷ややかな目で見下ろした。今の二人は主従関係が完全に逆転してしまっている。

「分からない。だが、ひとつ思い当たるとしたら義妹のソニアとの会話を聞かれて誤解されたとしか……」
「それならきちんとアイリーン様に誤解だとお話するべきです。そして、二人できちんと話し合ってください。エドガー様がアイリーン様を想う気持ちは知っています。心配してアイリーン様の部屋の前を長時間うろつくのもいいですが、思いはきちんと言葉にしないと伝わりませんよ」
「ああ、そうだな。ルシアンの言う通りだ」

 あれから何度か勇気を振り絞ってアイリーンを食事に誘ったが、断られてしまった。
侍女のシーナに話を聞くも、アイリーンは親しくしている彼女にすら頑なに事情を話そうとしないらしい。無理矢理部屋から引きずり出すのは簡単だが、アイリーンの気持ちを考えればそんなことできるわけもない。
 机の上の写真立てに目をやる。そこには、眩い笑顔を浮かべる少女が映っていた。

(すべてを包み隠さずアイリーンに伝えるべきなのかもしれないな……)

 写真の少女はエドガーの妹のエマだった。エマは、三年前に十二歳で病死した。
エマは幼い頃から体が弱く、屋敷で療養を続けていた。
十歳の時、体調が安定していることもあり医者の許可を得て護衛たちとともに遠い街へ遊びに行った。母はすでに亡くなっており、父とエドガーは重要な職務があり同行できなかった。 
 エドガーは今もそれを心の底から悔やんでいた。
エマは元々快活な少女だった。長い療養生活の合間に初めて訪れる街に浮かれるのも無理はなかった。好奇心旺盛なエマはあちこちの店を見て回った。そんな矢先、護衛がほんのわずかに目を離した隙に、エマは男達に連れ去られたのだという。

 口を塞がれ、抵抗虚しく暗い路地裏へ引きずられていった。このまま殺されるか、もしくはどこかへ売り飛ばされる。それを悟って恐怖に包まれていたエマを救ったのは、勇敢な一人の女性だった。それが、アイリーンだ。アイリーンはエマを庇って顔に傷を負った。
騒ぎになりエマを襲った男達が散り散りに逃げていく中、残されたエマは怪我をした女性に必死に声を掛け続けたのだという。
 けれど、女性は手当てを受けるためにどこかへ運ばれ、「お姉さんのところへいかなくちゃ!」と叫ぶエマを護衛は無理やり馬車に乗せて帰路に着いた。その為、エマはアイリーンにお礼を言うことすら叶わなかったのだという。
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