【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
自分のせいで顔に傷を負った女性を、エマは心から心配し、罪悪感を抱えていた。
『美しい人だったの。澄んだ青い瞳にブロンドベージュの髪よ。高貴な雰囲気だったから、きっとどこかのご令嬢だと思う。今もナイフでつけられた傷がお顔に残っているはずだわ』
エマの最期の願いは『わたしを助けてくれたあの女性を見つけて欲しい』だった。一目でもいい。会ってお礼と謝罪がしたいと繰り返してエマは短い生涯に幕を閉じた。
その女性をエドガーは必死に探した。顔に傷があるという女性の噂を聞いてはコツコツと足を運んだ。そんなことを続けていると、自らの顔に傷をつくってエドガーに会いにくる不届き者が現れた。一応話を聞くも、エマの話とは合致しない。嘘を吐く女性たちに辟易し、エドガーは女性たちへの不信感を募らせていくのだった。
あの日、仮面舞踏会へ行こうと思い立ったのは虫の知らせとしか思えない。招待状が届いてもすぐに断るのが常だったが、主催者がイベルトン伯爵家ということで受け入れることにした。親友のロイズの妹のオゼットがエドガーを気にかけているのを知っていたからだ。
さらに、エドガーはふとあることに気が付いた。
(もしかしたら、エマの恩人がいるかもしれない……)
エドガーは男性だが、女性が顔に傷をつくることがどのような意味を持つのかよく分かっていた。エドガー自身、足に大怪我を負って杖を突く生活になってからそれを痛いほど実感していたからだ。人々はただ自分とは少し違うというだけで、偏見の目を向けて差別する。エマを助けた女性もきっと同じ思いを味わっているだろう。
だとしたら、顔の傷をできる限り隠そうと考えるはずだ。エマの話では、女性は綺麗な身なりをしていたらしい。もしもその恩人がどこかの家の令嬢だとしたら、顔を隠せる仮面舞踏会へやってくるのではないかと考えた。結果、そこでエドガーはアイリーンを見つけ出したのだ。
仮面の下の青く澄んだ瞳にブロンドベージュの髪。他の令嬢たちのような真新しくて派手なドレスではなく、着古したドレス姿ながらも、彼女は誰よりも高貴な雰囲気を纏っていた。
けれど、肝心な顔の傷は確認できない。匿名性の強い仮面舞踏会で好き好んで仮面を外す人間はいない。なんとか口説き落として別室へ移動するのが最善の策かどうか逡巡していると、揉め事が起こった。意地悪そうな令嬢……のちに義妹だと知る女が自身の仮面だけでなく、女性の仮面まで外したのだ。
彼女の目元には傷があった。それを見た瞬間、エドガーは女性の元へ歩き出していた。
(エマ、ようやく見つけたぞ)
彼女の前までやってきたエドガーはエマが探していた女性か確認しようとする。けれど、自身の仮面が邪魔だった。仮面を外して彼女をじっくりと見つめる。
『澄んだ青い瞳にブロンドベージュの髪……。間違いないな』
目の前の彼女がエマの恩人であると確信を持った瞬間だった。
「私はサンドリッチ辺境伯爵のエドガー・グレイスだ」
彼女と目が合った。傷モノだと揶揄されても彼女は毅然とした表情を浮かべていた。けれど、海のように真っ青な瞳がわずかに涙で滲んでいた。その心無い言葉にどれほど傷付き、心を抉られてきたんだろう。
(俺がこの人を幸せにしたい)
エマを救ってくれた恩人だからという理由だけではない。エドガーは儚くも強いアイリーンに一目で心を奪われたのだ。そして、エドガーは健気に耐える彼女の前に跪いたのだった。
「ルシアン、頼みがある」
エドガーは腹を決めた。
「ええ、なんでしょうか」
「明日、暇が欲しいんだ。予定を調整してもらえないだろうか。アイリーンを誘って、出かけようと思う」
明日は港近くの町で祭りがある。そこにアイリーンを連れて行こうと考えたのだ。
「お祭りにいかれるのですね。そういうことでしたら、協力いたします。ですが、きちんと仲直りせねばなりませんよ」
「ああ」
エドガーは決意をして深く頷いた。
『美しい人だったの。澄んだ青い瞳にブロンドベージュの髪よ。高貴な雰囲気だったから、きっとどこかのご令嬢だと思う。今もナイフでつけられた傷がお顔に残っているはずだわ』
エマの最期の願いは『わたしを助けてくれたあの女性を見つけて欲しい』だった。一目でもいい。会ってお礼と謝罪がしたいと繰り返してエマは短い生涯に幕を閉じた。
その女性をエドガーは必死に探した。顔に傷があるという女性の噂を聞いてはコツコツと足を運んだ。そんなことを続けていると、自らの顔に傷をつくってエドガーに会いにくる不届き者が現れた。一応話を聞くも、エマの話とは合致しない。嘘を吐く女性たちに辟易し、エドガーは女性たちへの不信感を募らせていくのだった。
あの日、仮面舞踏会へ行こうと思い立ったのは虫の知らせとしか思えない。招待状が届いてもすぐに断るのが常だったが、主催者がイベルトン伯爵家ということで受け入れることにした。親友のロイズの妹のオゼットがエドガーを気にかけているのを知っていたからだ。
さらに、エドガーはふとあることに気が付いた。
(もしかしたら、エマの恩人がいるかもしれない……)
エドガーは男性だが、女性が顔に傷をつくることがどのような意味を持つのかよく分かっていた。エドガー自身、足に大怪我を負って杖を突く生活になってからそれを痛いほど実感していたからだ。人々はただ自分とは少し違うというだけで、偏見の目を向けて差別する。エマを助けた女性もきっと同じ思いを味わっているだろう。
だとしたら、顔の傷をできる限り隠そうと考えるはずだ。エマの話では、女性は綺麗な身なりをしていたらしい。もしもその恩人がどこかの家の令嬢だとしたら、顔を隠せる仮面舞踏会へやってくるのではないかと考えた。結果、そこでエドガーはアイリーンを見つけ出したのだ。
仮面の下の青く澄んだ瞳にブロンドベージュの髪。他の令嬢たちのような真新しくて派手なドレスではなく、着古したドレス姿ながらも、彼女は誰よりも高貴な雰囲気を纏っていた。
けれど、肝心な顔の傷は確認できない。匿名性の強い仮面舞踏会で好き好んで仮面を外す人間はいない。なんとか口説き落として別室へ移動するのが最善の策かどうか逡巡していると、揉め事が起こった。意地悪そうな令嬢……のちに義妹だと知る女が自身の仮面だけでなく、女性の仮面まで外したのだ。
彼女の目元には傷があった。それを見た瞬間、エドガーは女性の元へ歩き出していた。
(エマ、ようやく見つけたぞ)
彼女の前までやってきたエドガーはエマが探していた女性か確認しようとする。けれど、自身の仮面が邪魔だった。仮面を外して彼女をじっくりと見つめる。
『澄んだ青い瞳にブロンドベージュの髪……。間違いないな』
目の前の彼女がエマの恩人であると確信を持った瞬間だった。
「私はサンドリッチ辺境伯爵のエドガー・グレイスだ」
彼女と目が合った。傷モノだと揶揄されても彼女は毅然とした表情を浮かべていた。けれど、海のように真っ青な瞳がわずかに涙で滲んでいた。その心無い言葉にどれほど傷付き、心を抉られてきたんだろう。
(俺がこの人を幸せにしたい)
エマを救ってくれた恩人だからという理由だけではない。エドガーは儚くも強いアイリーンに一目で心を奪われたのだ。そして、エドガーは健気に耐える彼女の前に跪いたのだった。
「ルシアン、頼みがある」
エドガーは腹を決めた。
「ええ、なんでしょうか」
「明日、暇が欲しいんだ。予定を調整してもらえないだろうか。アイリーンを誘って、出かけようと思う」
明日は港近くの町で祭りがある。そこにアイリーンを連れて行こうと考えたのだ。
「お祭りにいかれるのですね。そういうことでしたら、協力いたします。ですが、きちんと仲直りせねばなりませんよ」
「ああ」
エドガーは決意をして深く頷いた。