【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
「ははっ、なにを偉そうに。勝敗はもう決まってる。お前だって本当は分かってるんだろう?」

 虫歯だらけの黄色い歯を見せて笑う男にエドガーが「ああ、そうだな」と同意した。
 絶体絶命のピンチにアイリーンはどうすることもできず、ただ彼の腕にしがみついた。

「だが負けるのは、お前だ」
「なっ…」

 すると、男の手にあった短剣が音を立てて地面に転がった。男は目を見開いて唇を震わせながらがくっとその場に膝を付いて倒れ込んだ。その脇腹には、男の物ではない短刀が突き刺さっている。男は意識を失っているのかぐったりと目を瞑り、抵抗する気配はない。
 周りの安全を確認した後、エドガーはすぐにアイリーンを長椅子に座らせた。

「大丈夫か!? 腕を切られたんだな?」

 エドガーが用意してくれた美しいワンピースの二の腕部分はわずかに切れ、血が滲んでいる。けれど、刃先がかすった程度で傷は浅い。エドガーは自身の腕から血が滴り落ちるのもお構いなしに、取り出したハンカチでアイリーンの腕を押さえた。

「他に怪我は?」
「わたしは大丈夫です。それより、エドガー様のほうが……。わたしが言われた通りに逃げなかったから、そのせいで……」

 エドガーは逃げろと二回も叫んだ。恐怖に足がすくんで逃げられず、さらにもう安全だと油断をして隙を見せた結果がこれだ。
 すると、騒ぎに気付いた軍服姿の町の警護団数人がアイリーン達の元へ駆け寄ってきた。

「どうなさいましたか!? あっ……、エドガー様ではありませんか!」
「この男は、我々を襲ってきた暴漢だ。仲間は三人、怪我をしている男達を追うよう、各所へ連絡を。この男の急所は外してある。今すぐ止血して、手当てを。意識が回復次第、事情を聞く」
「分かりました! ですが、まずはエドガー様の傷の処置を――」
「俺は問題ない。悪いが、後は任せる。彼女を屋敷へ無事に送り届けた後、私も合流する」
「承知しました」

 軍服姿の男性たちは表情を引き締めて大きく頷いた。
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