【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
両親を亡くした後、継母とソニアにどんなに虐げられようとアイリーンは一度も涙を流したことはない。けれど、エドガーの前では自然と涙が溢れた。
 涙でエドガーの顔を滲み、彼がどんな表情をしているのか分からない。

「わたしはこのお屋敷から出て行きません。引きずり出されたとしても、何度も舞い戻ってきます。それでもよろしいのですか?」

 鼻の奥がツンッと痛んで涙が止まらない。拭うことなくアイリーンは続けた。

「わたしは今もエドガー様と心が通じ合っていると信じています」
「アイリーン……」
「それはわたしの勝手な思い上がりなのですか?」

 すると、エドガーはアイリーンの目の下の涙をそっと拭った。
目が合う。なぜかエドガーは苦し気に顔を歪めていた。

「俺のせいであの日のロイズのように……アイリーンまで失ったらと思うと怖いんだ……」

 エドガーの目からもポロリと一粒の涙が零れた。 

「俺はいざという時、アイリーンを守れないかもしれない。あの時も俺が不甲斐ないばかりに怪我をさせてしまった」
「違います、あれはエドガー様のせいじゃ……」
「あなたが傷付くところをもう二度と見たくないんだ。だから――」
「わたしはエドガー様に守って頂きたいとは思っていません!」

 アイリーンの言葉にエドガーが驚いたような表情を浮かべた。

「本音を言えば、エドガー様にだけはか弱い女性に見られたいです。ですが、わたしはエドガー様が思うよりもずっと強くてたくましいのです」

 気持ちが伝わるようにアイリーンは真っすぐエドガーを見つめてハッキリ言った。

「わたしはこれから先も……エドガー様と一緒に生きたいのです。お互いに足りない部分は補って、助けあって生きていきましょう。それではダメですか……?」

 アイリーンは震える声を必死に絞り出して、誠心誠意心を込めて彼に気持ちを伝えた。

「――ダメなわけがないだろう」 
  
 次の瞬間、エドガーはアイリーンの体に腕を回してぎゅっと抱き締めた。

アイリーンの肩に顔を埋めたエドガーの身体はかすかに震えていた。力強く脈打つ鼓動を感じて、アイリーンの涙がぴたりと止まる。

「初めて会った時、運命だと思ったんだ。エマの恩人だから求婚したんじゃない。単純にあなたに惹かれて興味を抱いた。恥ずかしいが、一目惚れだ。言葉を交わすと、見た目だけでなく心まで綺麗だと分かった。この家で暮らし始めてからは、日を追うごとに気持ちが強くなっていった」

 エドガーはアイリーンを抱き締めたまま、身の内に溜まった激情を爆発させた。

「気持ちが通じ合って舞い上がって……だが、エマの話をして誤解されるのが怖くてなかなか言い出せなかったんだ。祭りに誘った日に打ち明けようと思っていたんだが、うまくいかなかった。その上、何よりも大切なアイリーンに怪我までさせてしまった」

 抑えることができないとばかりに、エドガーの想いが堰を切って溢れ出す。

「本当は手放したくなかったし、結婚相手を紹介するのだって嫌だった。これでも苦渋の決断だったんだ。俺のように足の悪い男ではなく、あなたを完璧に守れる男に託した方がいいと思った。だが、それは俺の独りよがりだったんだとさっき気付かされた」
「エドガー様……」
「俺が間違っていた。これから先もずっと俺の隣で笑っていて欲しい……他の男ではなく、俺があなたを幸せにしたい」

 アイリーンはその言葉に応えるように、そっとエドガーの逞しい身体に腕を回した。

「エドガー様が隣にいてくれれば、わたしはそれだけで幸せです」

 ぎゅっと折れそうなほど強く抱きしめられて息が詰まる。互いのぬくもりを確認し合うように抱きしめ合う。アイリーンの髪に顔を埋めたエドガーはそっと耳元で囁く。

「まだ全然足りない」

 その瞬間、一気に感情が込み上げてきて、止まっていた涙が再び溢れた。
 涙はダムが決壊したかのように溢れて頬を濡らす。
 エドガーがアイリーンを抱く腕の力を弱めて、アイリーンの涙を穏やかな表情で拭った。
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