もう一度、この愛に気づいてくれるなら
身代わり婚
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。

「エレーヌ」

夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。

エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。

「ゲルハルトさま、愛しています」

ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。

「エレーヌ、俺はあなたが憎い」

エレーヌは凍り付いた。

エレーヌのうるんだ目は、見開かれた。驚き、呆れ、そして、嘆きが湧いてくる。

ゲルハルトには、結婚前から愛する人がいた。その日、令嬢は王宮に上がってきた。

ゲルハルトの子を産むためだった。ゲルハルトは彼女のそばで、とても幸せそうに笑っていた。

それでも、ゲルハルトは、今夜も王妃の寝室を訪れて、エレーヌを抱いた。それが国王としての責務だから。

エレーヌの情交の熱に浮かされてうるんだ目は、悲しみのために水気を増した。

(でも、本当にひどいのはわたし……。愛し合う二人の邪魔をしているのだから)

エレーヌの頬に涙がこぼれたのを見て、ゲルハルトは目を見開き、そして、目を伏せてから、指の背でエレーヌの涙をぬぐった。

そして、もう一度、その黒い双眸でまっすぐにエレーヌを捉えると、口にした。

「あなたにどう思われようと、俺はずっとあなたが憎い。心から憎いんだ」

エレーヌは、体が震えるのを止められなかった。喉から声を絞り出す。

「わ、わたしは、あ、あなたを、愛しています……。私が死んでもあなたが死んでも、わたしは、ずっとあなたのことをずっと愛してい……」

ゲルハルトはそれ以上は聞くのも嫌だと言わんばかりに、エレーヌの唇に唇を重ねてきた。エレーヌが避けようとするも、ゲルハルトの手にあごを捉えられ、唇を奪われる。

(ごめんなさい、わたしがいて、ごめんなさい)

エレーヌはゲルハルトに口づけを受けながら、心で唱え続ける。

(もう、わたしは消えるから……、もうここからいなくなるから……)

エレーヌが涙を流すのを無視して、ゲルハルトはエレーヌの唇を食らうように口づける。

(ゲルハルトさま、ごめんなさい……)

エレーヌはそう唱え続けていた。

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