もう一度、この愛に気づいてくれるなら
王宮の庭をエヴァンズはさまよっていた。
――王宮の庭から、薔薇を一本、王妃のために持ってくれば、国王陛下は放免するそうだ。
兵士がエヴァンズにそう言った。
季節は初夏だ。薔薇など庭園にはどこにでもある。
エヴァンズは庭に出されて、記憶にある薔薇のある場所に向かった。しかし、そこには薔薇の枝はあるが、花はなかった。枝が切られた跡があった。薔薇の花は刈られたらしかった。
エヴァンズは次の場所に向かう。しかし、そこも花が刈られていた。地面に落ちた花びらがまだ艶々しいために刈られたばかりのようだ。
(庭師が切ってるんだわ。急がなきゃ)
行き交う侍従にエヴァンズは訊いた。
「薔薇がまだ咲いているところを知らない?」
侍従は答えた。
「それなら東殿の庭で咲いているのを、さっき、見ました」
「まあ! ありがとう!」
エヴァンズはそこから遠い場所にある東殿の庭に向かった。遠くから色とりどりに薔薇が咲いているのが見えた。しかし、近づいてみると、やはり、切られた枝があるだけだった。物影で見えない間に、花は刈られたのだ。
地面に落ちた花びらを拾った。
(ああ、もう少しだったのに)
庭には薔薇が溢れているはず。まさか、全部の薔薇を今日一日で刈ってしまうこともありえまい。
エヴァンズは、日が暮れるまで、薔薇を求めてさまよった。さっきまでそこで咲いていたのに、ない。もどかしさに狂いそうだ。
喉が渇いて、意識も朦朧としている。
(薔薇を、薔薇を……、一輪だけでいいの、薔薇を……)
ふらふらと庭をさまようエヴァンズは、ついに、薔薇を刈っている庭師に追いついた。庭師の傍らで、下女が刈った薔薇を抱えている。
(ああ、よかった……、やっと追いついたわ……。私、助かるんだわ……!)
「薔薇を一本だけ、おねがい………」
エヴァンズは喉から声を絞り出した。全身だるくて歩くのもままならず倒れそうだ。しかし、目の前の薔薇を見て力を振り絞った。
「薔薇を………!」
しかし、下女が広げるエプロンの上の薔薇を何度掴もうとしても、手は滑るばかり。
「ど、どうして………?」
疲弊したエヴァンズには下女のエプロンに乗る薔薇が、刺繍の薔薇だとは気づかなかった。
何度も薔薇を掴もうとして掴めなかった。
やっと、それが刺繍だと気づいたときには、エヴァンズは絶望した。
(私はもてあそばれただけだった………!)
***
エレーヌの部屋には朝からずっと部屋に薔薇が届けられていた。薔薇で部屋中が埋め尽くされている。
「今日は花が咲きすぎて困っているみたいね」
「そうだね。母やミレイユの元にも届いているようだ」
ゲルハルトは屈託なく笑った。
エレーヌはもとより、ゲルハルトも、エヴァンズに与えられた罰については知らない。ただ、アレクスに頼んでおいた。有能なアレクスならエヴァンズに効果的な罰を与えているだろう。
その後、ディミーは人知れず処刑され、エヴァンズは夫のいる伯爵家に戻され、夫から処罰を受けることになった。