もう一度、この愛に気づいてくれるなら
愛に満ちる王宮
王宮では、麗しくも凛々しいゲルハルトと麗しくも可憐なエレーヌ、それに麗しくもいとけない王子のニコラスの三人の姿が、王宮を華やかに彩っていた。

ニコラスは、前国王の名前だった。

ゲルハルトとエレーヌがその名を慈しみを込めて呼ぶのを聞くうちに、ミレイユの苦しみは癒されてきた。

(私は自分の苦しみを誰かの苦しみで洗い流そうとしていたんだわ。そんなことなどできないのに)

エヴァンズをエレーヌに近寄せてはいけないと気づいていたのに、それを忠告しなかった自分を恥じた。

そして、仲睦まじく過ごす義弟夫妻の幸運を祈願するようになった。

心の垣根をすっかり取り払われると、エレーヌがときおり浮かない顔をしていることに気づいた。

ミレイユは今度こそ、見ないふりをしていないで、積極的にエレーヌにかかわるべきだと思った。

「エレーヌ、何か悩みがあって?」

エレーヌは顔を曇らせた。

「エレーヌ、言葉で伝えられないのならば、あなたの得意の刺繍で伝えてごらんなさいな」

ミレイユはエレーヌの刺繍の力をよくわかっていた。カトリーナもあの刺繍が心に響いたに違いなかった。エレーヌの刺繍は、丁寧で根気強い人柄を証明している。

貴婦人方が帰京したエレーヌを受け入れるのが早かったのも、刺繍のハンカチの影響が大きいだろう。

***

子煩悩なゲルハルトは惜しみのない愛情をニコラスに与えている。

「ニコラス、おはよう! わあ、わらったよ。かわいいなあ、お父さまにわらってくれたんだね!」

「ニコラス、あなたの紫色の目は、きらきら光っていつまで見ても飽きないよ!」

ニコラスは黒髪に、紫色の目をしている。

エレーヌにはまだ引け目が残っていた。

自分は偽物の王女で塔で育ったということに。

(私は第三王女ではない)

エレーヌは、ニコラスが眠ったあと、少しずつ、刺繍を始めることにした。

刺繍が仕上がったのは、ニコラスが片言を始めた頃だった。

「かっかあ!」

エレーヌを見ればニコラスは飛びついてくる。

ゲルハルトに気づけば「だ、だ」と抱っこを求める。

「ニコラス、お父さまが抱っこしてあげよう」

ニコラスはゲルハルトに抱っこされるのを喜ぶ。

「きっきゃあ、きゃぁぁ! きゃはあっ!」

ゲルハルトが高い位置にあげると、ニコラスは元気の良い声を上げて笑う。

エレーヌには幸せこの上ない家族の時間だった。

ニコラスが寝た後、エレーヌはゲルハルトに刺繍を見せた。

それは故郷ブルガンの景色だった。それに塔の中にいる母娘、そして、塔に一人でいるエレーヌ自身。

ゲルハルトは、それを黙って見つめて、そして、「ブルガンだ」とつぶやき、目に涙を浮かべた。

そして、打ち明けてきた。

「エレーヌ、俺は、知ってるんだ。エレーヌの持っている手鏡は俺が老婆から預かったものだ。あれは、エレーヌのおばあさまが刺したものだ」

ゲルハルトはブルガンに行ってきたこと、エレーヌの住んでいた塔を見たこと、そして、エレーヌの母親の埋葬された墓地で花を手向けたことを話してきた。

「では、私が偽物の王女だと知ってたのね?」

「違う! あなたは偽物ではない。目の前にいるエレーヌは本物のエレーヌだ」

「……ゲルハルトさま」

「エレーヌ、俺はエレーヌを誇りに思うよ。一人で立派に生きてきたエレーヌを。そして、これからは俺と一緒だ。これから一緒にたくさんのことをしよう、いろんなものを食べて、いろんなところに行こう」

「うん......」

「ニコラスがもう少し大きくなったら、ブルガンにも行こう。そして、おばあさまに一緒に花を手向けよう」

ゲルハルトの言葉には愛情があふれていた。

「俺はブルガンの夏空を眺めて、エレーヌの幸せを願ったんだ。そのときは、また、エレーヌと一緒に過ごせるとは思っていなかった。こうして一緒に過ごせるようになって、また、ニコラスにも会えて、俺は、幸せで幸せでたまらないんだ!」

孤独な少女は王の大きな愛に包まれていた。そして、これからはその愛を多くの人に向けて返していくことだろう。

王宮は愛に満ちていた。












(おわり)



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