もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌが部屋に戻ると、ハンナは袖をたくし上げた。
「エレーヌさま、####」
ハンナは気合の入った顔を向けて、エレーヌの服を脱がそうとしてきた。どうやらまた風呂に入るらしい。
(ドレスに着替える前に入ったのに)
ブルガンの侍女に臭いと言われたことを思い出した。
(私、臭いのかしら)
風呂に入るのは別に臭いわけではなく、初夜のためだが、エレーヌはそれに思い至らなかった。
ハンナはエレーヌの体と髪を丁寧に洗い、洗い終えると良い匂いのする油をたっぷりと髪に沁み込ませた。
ハンナはエレーヌに向けて何やら喋っている。その顔つきからして、母親が赤ちゃんに喋りかけるように良い言葉を並べているのがわかり、エレーヌには心地良かった。
髪が乾くとそのまま垂らしたまま、結おうとはしなかった。そして、とても薄手のドレスを着せられる。
鏡の前に立ち、エレーヌは目を見開いた。
そのナイトドレスはエレーヌの体の線をくっきりと見せていた。胸のところはレースで透けており、ほぼ見えている状態だ。前から後ろに向けて長くなるデザインのスカートは、前をギリギリのところで隠している。
ひどくいかがわしいドレスだ。
(な、なんなの、これ?!)
その格好は裸でいるよりも恥ずかしい。
ハンナは鼻の穴を膨らませて、「どうです!」と自慢気な顔をしている。
「エレーヌさま、###、###」
どうやら褒めているらしい。恥ずかしい格好ではあるが、エレーヌをとても艶やかに見せてはいる。
ハンナの言った言葉を真似てみた。
『キレイ……?』
ハンナはコクコクとうなづき、『キレイ! キレイ!』と言った。そして、もじもじと急に恥ずかしそうになった。
ハンナがどうして恥ずかしそうにしているのか、エレーヌにもわかってきた。
(もしかして、これからゲルハルトさまに会うの? この格好で?!)
エレーヌは眩暈がしそうになった。
(どうしよう、そんなの耐えられないわ。こんな格好を見られるなんていや……!)
なのに、どこか見られたい思いが湧いてくるのが不思議だった。
(ゲルハルトさまの漆黒の目には私のこの姿はどう映るかしら)
それを考えれば顔がカッと熱くなる。するとそれを見てハンナがますます顔を赤くした。
二人で恥ずかしがっているところへ、年かさの侍女が入ってきた。エレーヌと同じように色素が薄く、目も髪の色も明るい灰色だった。ブルガン人に違いなかった。
その侍女は、温かな目を向けてきた。
「エレーヌさま、ブルガン国王から遣わされた通訳のディミーと申します」
ブルガン国王が通訳を遣わすと言っていたことを思い出した。
温かみのある声の母国語に、エレーヌは母親を思い出した。
「エレーヌさま、これからは私がそばにおりますから安心してくださいませ」
ディミーは実直そうだった。エレーヌは、ディミーを送ってくれたブルガン国王に感謝した。
「ディミーさん、早速だけど、違うドレスを着せてもらえるようにハンナに頼んでくれないかしら」
「ディミーで結構ですわ」
ディミーにも恥ずかしさが感染したのか、ディミーも顔を赤らめた。
「そ、そのドレスは、ちょっと破廉恥ですわね」
《破廉恥》の言葉にエレーヌはますます恥ずかしくなった。
ディミーとハンナに何か言えば、ハンナは残念そうな顔になった。
「このドレス、ハンナの兄が用意したそうですわ。ハンナの兄は、ゲルハルトさまの乳兄弟で、一緒に育ってきたそうです。ゲルハルトさまを喜ばせたくて、このドレスを用意したみたいですけど、ちょっと悪ふざけが過ぎますわね」
それからハンナはは衣装室から、別のナイトドレスを持ってきたが、それにもいかがわしさがあった。
ハンナは何度も衣装室と仕度部屋とを往復した。そのたびにハンナの持ってくるドレスは露出の少ないものになり、最終的には透け感のない生地でできており、長袖で、首元は詰まっており、裾も足首まであるものになった。
恨めし気に見てきたハンナには申し訳なかったが、エレーヌは内心でほっとしていた。