もう一度、この愛に気づいてくれるなら
ベッドに腰かけていると、ゲルハルトが入ってきた。ちゃんとガウンを羽織っていたため、エレーヌはほっとした。
ゲルハルトはエレーヌを見ると、笑いかけてきた。
「エレーヌ」
見つめられて、エレーヌはどぎまぎしてきた。
(これから子どもを作るのよね。愛し合う夫婦が、一緒のベッドに寝れば、お腹に赤ちゃんが入ってくるのよね。私、寝相、大丈夫かしら)
エレーヌにはその程度の知識しかなかった。
「#########」」
ゲルハルトはエレーヌに何かを言ってきたが、エレーヌはわからなかった。
「ディミーをお願いします」
夫婦の寝室の壁越しには、近侍らが控えている。ディミーがこうべを下げて寝室に現れた。
ゲルハルトがディミーに何かを言うと、ディミーは戸惑ったような顔をした。目に戸惑いを浮かべたまま、ディミーはエレーヌに言った。
ゲルハルトが伝えてきたのは、思ってもいなかったことだった。
『エレーヌ、言っておくが、俺はあなたを愛することはない』
「えっ……?」
唐突な言葉に、エレーヌは冷や水を浴びせられたように感じた。ゲルハルトはエレーヌに笑いかけてきた。しかし、その口では残酷なことを告げる。
『俺には他に愛している人がいる』
(え、どういうこと?)
エレーヌは混乱しながらも必死で考える。
もとより、愛し合って結婚したことではないのはわかっている。政略結婚だ。
しかし、いきなり《愛することはない》と宣言されるとは思ってもいなかった。
政略結婚とはいえ、夫婦になれば心を交わし合い、そして、子を生して、それなりに家族になるものではないのか。
エレーヌは塔で過ごしてきたが、たくさんの書物で、夫婦や家族の在り方をそう受け止めてきた。
(どうしてそれを今、私に言うの?)
エレーヌは混乱して、目を見開き、立ち上がった。そして、ベッドカーテンの後ろに隠れた。
ゲルハルトはエレーヌのところまで来た。咄嗟に逃げようとするも、ゲルハルトは腕を掴んできた。
ゲルハルトはそのままエレーヌの前に膝をついた。視線の高さが逆転する。その態度は怖がらせないように気を配っているように感じた。
「で、では、私はどうなるのですか?」
エレーヌは、これまでも運命に抗おうなどとは思わなかった。これからも同じだけだ。抗うことなどできない。ゲルハルトに従うのみだ。
『いずれ、あなたとは離婚する。そのときは、王宮からは出て行って欲しい』
(出て行って欲しい?)
冷たい言葉に、エレーヌはひくついた。まさか、そこまで言われるとは思ってもみなかった。
初夜の妻に対して、あまりにひどい仕打ちだ。
嗚咽が込み上げ、目から涙がこぼれ始める。
「わ、私はここにいてはいけないのですね」
『ああそうだ、あなたには悪いが、仕方がない』
(ひ、ひどいわ………!)
エレーヌはゲルハルトに捕まれた手を引き抜いて、夫婦の寝室から飛び出た。
(私は、どうなるの?)
自分の居間を通り抜けて、エレーヌ専用の寝室に逃げ込み、ベッドに身を投げ出した。
(ひどいわ、ひどいわ)
ショックに嗚咽が止まらない。
(惨めだわ……)
いつのまにかエレーヌは、おとぎ話のヒロインにでもなったような気でいたことに気づいた。ひとりで塔に住んでいた少女が、きれいなドレスを着て王女になり王妃になったのだ。
しかし、それはかりそめのことだった。
(ここには私の居場所はないんだわ。私はいずれ、ここを追い出される)
――あの男は乱暴者で無神経で自分勝手だから、決して心を許しては駄目よ。
ミレイユの言葉を思い出した。
(ゲルハルトさまは、本当に無神経で自分勝手な人だったんだわ。ふふ、優しい人だなんて思った私が馬鹿だったわ。馬鹿な私……)
嗚咽はいつまでも止まらなかった。