もう一度、この愛に気づいてくれるなら
渡せなかった刺繍のハンカチ
一人寝の初夜を過ごした翌朝、ハンナは大人しくエレーヌの髪を梳いていた。昨日まであんなにおしゃべりだったのに黙ったままだ。

昨夜のことがハンナにも伝わっているのだろう。

ハンナの兄が張り切って、艶めいたナイトドレスを用意してくれたことを思い出した。

(ナイトドレスを用意してくれるほど喜ばせようとしてくれたのに)

鏡の中の自分の顔が曇って行くのに気づいて、エレーヌは顔を上げた。

(こんなことではだめね、しっかりしないと。ハンナにまで気を使わせてしまうわ)

エレーヌは鏡越しにハンナに笑いかけた。

ハンナは目をぱちくりさせて、エレーヌの肩に手を置くと、慰めるように撫でてきた。ハンナの気遣いが伝わってきて、エレーヌは涙が目に浮かんできた。エレーヌがハンナの手に頬を摺り寄せれば、ハンナも目の奥に涙を浮かばせていた。

エレーヌの着替えが終わると、ハンナは他の用があるのか、すぐに出て行ってしまった。

それから、ハンナは、食事を届けてくれたり、何くれとなく世話をして、エレーヌに十分な気遣いも見せてくるものの、用が終わればすぐに出て行く。

(ハンナは忙しいのね)

エレーヌは広い部屋に一人取り残されて、バルコニーから外を眺めたり、ソファに横になったりして1日を過ごした。

夕方、ハンナが入ってきたと思えば、手に一本の枝を持っていた。

ハンナは興奮したように頬を上気させて、その枝を見せてきた。枝には柑橘の花が咲いており、とても良い香りがしていた。

「######、ゲルハルトさま、#####、ゲルハルトさま」

「もしかして、陛下がくださったの?」

ハンナはうんうんとうなづく。

エレーヌは、昨日のことを思い出して、再び悲しみが湧いてきたが、次第に、腹が立ってきた。

(何なの、花なんかでごまかそうって言うの? ひどいことを言ったくせに)

その枝を受け取ることもせずに、うつむいた。ハンナは黙ったまま、枝を花瓶に挿すと、部屋を出て行った。

部屋じゅうに柑橘の良い香りに満ちたが、エレーヌの悲しみに悔しさは収まらなかった。

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