もう一度、この愛に気づいてくれるなら
ハンナは、エレーヌの世話をすればすぐに部屋から出て行くようになってしまったが、エレーナが何か声を上げるとすぐに飛んでくるので、侍女部屋に控えているらしいことがわかってきた。
しかし、用を済ませればすぐに出て行ってしまうため、エレーヌはほとんどの時間を一人で部屋で過ごしている。
どういうわけか、ディミーも姿を現さなかった。
(誰も喋る人もいないなんて、まるで塔に住んでた頃と同じね)
エレーヌはそのうち、退屈でしようがなくなってきた。塔ではやることがあったがここではない。
(ディミーが来たら、本か刺繍の道具でもお願いしようかしら)
その日も夕方が来れば、ハンナがゲルハルトからの贈り物を持ってきた。見たことがないようなきれいな鳥の羽だった。大きなその羽は、本で読んだことのある孔雀の羽に違いなかった。
(贈り物なんかでごまかされないから)
翌々日は、腕に一杯の百合の花、その翌日は、豪華なベルベットのリボンが贈られてきた。
手を変え品を変えたものが毎日エレーヌのもとへ届いた。
しかし、ゲルハルト本人はエレーヌのもとを訪ねることはなく、エレーヌも贈り物には興味を示さずに通した。
初夜から数えて7日目、いろとりどりの丸いもの詰まったきれいな箱が、届けられた。
(これは何かしら?)
「マカロン! マカロン!」
ハンナが弾んだ声で言う。口に入れる仕草をする。
(お菓子なの……?)
「######、マカロン! マカロン!」
「私は要らないわ」
「マカロン! マカロン! ######」
しかし、ハンナが《マカロン!》と連呼しつづけ、その名の可愛い響きに、どんな味がするのか気になってきた。ハンナの様子からすると、特別なものらしい。ハンナに一つ手渡し、自分も手に取った。
「ハンナ、先に食べてみて」
仕草でハンナに伝えれば、ハンナは素直に一口かじった。
ハンナはかじった瞬間、飛び上がって、両頬を抑えた。それから、ねずみのように、少しずつかじり始めた。
(ハンナったら、ケチケチ食べてる。よほど、おいしいのね)
エレーヌも食べてみた。
(うわぁ……! おいしい………!)
ラクア王国に来てから、毎日のように贅を凝らした食事が部屋に届けられているが、マカロンは格別だった。
(おいしい、マカロン、おいしいわ……!)
不覚にも、エレーヌはゲルハルトのことを許してやる気持ちになってしまった。
毎日贈り物を届けてくるくらいなのだから、気を遣っていることには違いない。
(仕方ないわよね、愛している人がいるんだもの。私が後から割り込んだわけだしね。出て行くときには潔く出て行かなくっちゃ)
「マカロン、#####、マカロン、####」
ハンナはマカロンを平らげてから言った。
(おいしいって言ってるのね?)
エレーヌは真似をして言ってみた。
「マカロン、オイシイ!」
「エレーヌさま、マカロン、おいしいです!」
(私、もっとしっかりしなくちゃ。そうだわ、追い出される日のために準備をしておこう)
何をどうすればいいのか見当がつかないが、エレーヌはそう決意した。
(そうだわね、まずは、言葉を学ばなくっちゃ)
エレーヌは初夜のショックから、やっと立ち直ろうとしていた。