もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌは目を見開いた。浮ついた気持ちが消え失せた。惨めさにおおわれる。傷ついて、目に涙が溜まってきた。
ゲルハルトは、エレーヌのその顔を見て、顔を曇らせた。しかし、覚悟を決めたように、告げてきた。
『俺には他に愛する女性がいるんだ。許して欲しい』
(ハンナもいるのに、よくも抜け抜けとそんなことが言えるわね)
しかし、ハンナを見ると、頬を染めて、うっとりとした顔つきで、ゲルハルトとエレーヌを見ている。まるで優しい夫と愛される妻を眺めているような顔つきだった。
(ハンナにはゲルハルトさまの声が聞こえなかったのかしら)
ホールに向かうまでの間、ゲルハルトは話しかけてきた。優し気な声音だったが、言ってくるのは侮辱的なことばかりだった。
『あなたにはいずれ城を出て行ってもらう』
「………はい」
『俺には他に愛する人がいる。だからあなたを愛することはできない』
「はい」
『悪く思わないで欲しい。俺の愛する人はあなたと違って、とても魅力的な人なのだから』
あまりにひどい言葉にエレーヌはまじまじとゲルハルトの顔を見つめてしまった。ゲルハルトが優し気な笑みを湛えているのを見て、さらに唖然とする。
(なんなの、この人。人の心がないのかしら。こんな優しい顔つきで、ひどいことを言えるなんて)
エレーヌはそれから、適当に相槌を打つことにすれば、ゲルハルトにもエレーヌが会話をしたくないのが伝わったのか、最後には黙り込んだ。
しかし、目が合えば、ゲルハルトは笑みを浮かべてくる。それは目に優しさを存分に湛えて。
(ちょっと頭がぶっとんだ人なんだわ)
侮辱的なことばかり言ってくるのに、平然と笑顔を向けてくる。とてもではないが尋常な神経とは思えない。
(さすが王様ね。常人とは違うんだわ)
エレーヌはそう納得することにした。
ホールに着けば、三十名ほどの貴族らが待ち構えていた。その場はエレーヌのお披露目会というには、いささか冷淡な雰囲気を帯びている。
ゲルハルトは不意にエレーヌの足元にひざまずくと、手の甲にキスをしてきた。
(仲の良い夫婦アピールかしら)
貴族から拍手が起こり、人々はぎこちないながらもエレーヌを受け入れざるを得なくなったようだった。
ゲルハルトはまず、エレーヌを太后へと紹介した。
『母親の太后カトリーナだ』
カトリーナは、温かな眼差しをエレーヌに向けてきた。
カトリーナはわざわざ立ち上がると、エレーヌをそっと抱きしめてきた。体が離れると、優しげな顔を向けてきた。
『エレーヌ、あなたは傲慢な王女ね』
カトリーナの顔つきから歓迎を受けていると思いきや、そう言われて、エレーヌは衝撃を受けた。
(ひ、ひどいわ……、どうしていきなりそんなことを?)
エレーヌの目に涙が浮かんできた。
(きっとゲルハルトさまに想い人がいるのを知っているのね。それで、私を邪魔に思うのだわ)
そんなエレーヌの手元を、カトリーナは見てきた。エレーヌは、腕に下げた布袋から刺繍の施されたハンカチを取り出し、カトリーナに差し出そうとしていたところだった。
エレーヌの部屋には刺繍のハンカチがたくさんたまっている。エレーヌの立場は弱い。少しでも周囲に媚びるために持ってきた。
エレーヌは引っ込めるわけにもいかず、そのままカトリーナに手渡した。
つっかえされるかと思えば、カトリーナは受け取ると、目を見開いた。それには隅々まで細かい刺繍が施されている。
『あなたがつくったの?』
エレーヌがうなずくと、カトリーナはおおげさに喜んで、隣にいる貴婦人らにそれを見せた。
カトリーナはエレーヌをまた抱き寄せた。
「エレーヌ、#####、ありがとう」
耳元で囁いてくる言葉に、《ありがとう》を聞き取って、エレーヌの悲しみは何とか収まった。
(カトリーナさまは、きっと悪い人ではないのだわ……)
次に、ゲルハルトはミレイユを紹介する。
『ミレイユは俺の義姉だ。もう、ミレイユのことは知ってるよね』
ミレイユに出会った日の報告はゲルハルトにも届いているのだろう。
「はい。とても優しくしていただきました」
ミレイユの横には王子がいた。
『そして、俺の甥、エディー。ミレイユと兄の子だ』
(まあ、ミレイユさまにはお子さまがいたのね)
ウォルターはまだ幼く、エレーヌを見ると「きゃはぁっ、うふふふ」と笑って、ミレイユの膝に顔を隠した。
(何て可愛らしいお子なの)
『エレーヌ、あなた、随分、健康そうになったわ。良かったわ!』
「ミレイユさま……!」
エレーヌは優しい言葉に思わず涙ぐむ。
ゲルハルトは、次にその隣に座る令嬢を紹介してきた。ピンクブロンドの髪の令嬢だった。
『マリーだ。俺の幼馴染みだ』
マリーは、とても愛くるしい令嬢だった。人懐っこく笑いかけてくる。
『マリーです。よろしくね』
個別の紹介はそこで終わりらしく、ゲルハルトとエレーヌは、テーブルに着くことになった。
着席の前に、ゲルハルトは皆に向けて言った。
着席となってほっとしていたエレーヌは、ゲルハルトの言葉に、凍り付いた。
『ブルガンから来たエレーヌ王女だ。みすぼらしく貧相な王女だが、受け入れて欲しい』
(えっ……?)
《みすぼらしく貧相な王女》
エレーヌは頭をぐぉんと殴られたような心地だった。
ゲルハルトは、エレーヌのその顔を見て、顔を曇らせた。しかし、覚悟を決めたように、告げてきた。
『俺には他に愛する女性がいるんだ。許して欲しい』
(ハンナもいるのに、よくも抜け抜けとそんなことが言えるわね)
しかし、ハンナを見ると、頬を染めて、うっとりとした顔つきで、ゲルハルトとエレーヌを見ている。まるで優しい夫と愛される妻を眺めているような顔つきだった。
(ハンナにはゲルハルトさまの声が聞こえなかったのかしら)
ホールに向かうまでの間、ゲルハルトは話しかけてきた。優し気な声音だったが、言ってくるのは侮辱的なことばかりだった。
『あなたにはいずれ城を出て行ってもらう』
「………はい」
『俺には他に愛する人がいる。だからあなたを愛することはできない』
「はい」
『悪く思わないで欲しい。俺の愛する人はあなたと違って、とても魅力的な人なのだから』
あまりにひどい言葉にエレーヌはまじまじとゲルハルトの顔を見つめてしまった。ゲルハルトが優し気な笑みを湛えているのを見て、さらに唖然とする。
(なんなの、この人。人の心がないのかしら。こんな優しい顔つきで、ひどいことを言えるなんて)
エレーヌはそれから、適当に相槌を打つことにすれば、ゲルハルトにもエレーヌが会話をしたくないのが伝わったのか、最後には黙り込んだ。
しかし、目が合えば、ゲルハルトは笑みを浮かべてくる。それは目に優しさを存分に湛えて。
(ちょっと頭がぶっとんだ人なんだわ)
侮辱的なことばかり言ってくるのに、平然と笑顔を向けてくる。とてもではないが尋常な神経とは思えない。
(さすが王様ね。常人とは違うんだわ)
エレーヌはそう納得することにした。
ホールに着けば、三十名ほどの貴族らが待ち構えていた。その場はエレーヌのお披露目会というには、いささか冷淡な雰囲気を帯びている。
ゲルハルトは不意にエレーヌの足元にひざまずくと、手の甲にキスをしてきた。
(仲の良い夫婦アピールかしら)
貴族から拍手が起こり、人々はぎこちないながらもエレーヌを受け入れざるを得なくなったようだった。
ゲルハルトはまず、エレーヌを太后へと紹介した。
『母親の太后カトリーナだ』
カトリーナは、温かな眼差しをエレーヌに向けてきた。
カトリーナはわざわざ立ち上がると、エレーヌをそっと抱きしめてきた。体が離れると、優しげな顔を向けてきた。
『エレーヌ、あなたは傲慢な王女ね』
カトリーナの顔つきから歓迎を受けていると思いきや、そう言われて、エレーヌは衝撃を受けた。
(ひ、ひどいわ……、どうしていきなりそんなことを?)
エレーヌの目に涙が浮かんできた。
(きっとゲルハルトさまに想い人がいるのを知っているのね。それで、私を邪魔に思うのだわ)
そんなエレーヌの手元を、カトリーナは見てきた。エレーヌは、腕に下げた布袋から刺繍の施されたハンカチを取り出し、カトリーナに差し出そうとしていたところだった。
エレーヌの部屋には刺繍のハンカチがたくさんたまっている。エレーヌの立場は弱い。少しでも周囲に媚びるために持ってきた。
エレーヌは引っ込めるわけにもいかず、そのままカトリーナに手渡した。
つっかえされるかと思えば、カトリーナは受け取ると、目を見開いた。それには隅々まで細かい刺繍が施されている。
『あなたがつくったの?』
エレーヌがうなずくと、カトリーナはおおげさに喜んで、隣にいる貴婦人らにそれを見せた。
カトリーナはエレーヌをまた抱き寄せた。
「エレーヌ、#####、ありがとう」
耳元で囁いてくる言葉に、《ありがとう》を聞き取って、エレーヌの悲しみは何とか収まった。
(カトリーナさまは、きっと悪い人ではないのだわ……)
次に、ゲルハルトはミレイユを紹介する。
『ミレイユは俺の義姉だ。もう、ミレイユのことは知ってるよね』
ミレイユに出会った日の報告はゲルハルトにも届いているのだろう。
「はい。とても優しくしていただきました」
ミレイユの横には王子がいた。
『そして、俺の甥、エディー。ミレイユと兄の子だ』
(まあ、ミレイユさまにはお子さまがいたのね)
ウォルターはまだ幼く、エレーヌを見ると「きゃはぁっ、うふふふ」と笑って、ミレイユの膝に顔を隠した。
(何て可愛らしいお子なの)
『エレーヌ、あなた、随分、健康そうになったわ。良かったわ!』
「ミレイユさま……!」
エレーヌは優しい言葉に思わず涙ぐむ。
ゲルハルトは、次にその隣に座る令嬢を紹介してきた。ピンクブロンドの髪の令嬢だった。
『マリーだ。俺の幼馴染みだ』
マリーは、とても愛くるしい令嬢だった。人懐っこく笑いかけてくる。
『マリーです。よろしくね』
個別の紹介はそこで終わりらしく、ゲルハルトとエレーヌは、テーブルに着くことになった。
着席の前に、ゲルハルトは皆に向けて言った。
着席となってほっとしていたエレーヌは、ゲルハルトの言葉に、凍り付いた。
『ブルガンから来たエレーヌ王女だ。みすぼらしく貧相な王女だが、受け入れて欲しい』
(えっ……?)
《みすぼらしく貧相な王女》
エレーヌは頭をぐぉんと殴られたような心地だった。