もう一度、この愛に気づいてくれるなら
みすぼらしく貧相な王女
《みすぼらしく貧相な王女》
何度もそのフレーズが頭を駆け巡る。
あからさまに侮辱する言葉だった。また、王妃ではなく王女として、エレーヌを紹介した。
二人の間だけで「他に愛する人がいる」というのとは違う。廷臣らの前で、あからさまにエレーヌを侮辱したのだ。
これでは、廷臣らにもエレーヌを馬鹿にしても良い存在だと知らしめたも同然だ。
凍えたように固まるエレーヌに、ゲルハルトは声をかけてきた。
「エレーヌ、#####」
ゲルハルトを見ると、どこか照れたような笑みを浮かべて、エレーヌを見つめていた。
エレーヌの背中がぞわぞわっとする。
(気持ち悪い……!)
「エレーヌ?」
何の悪びれもなく笑みを浮かべるゲルハルトを、恐ろしく感じる。
(この人は何なの、どういう人なの? こんな優しい顔をして、私を侮辱するの?)
エレーヌは後ずさった。ゲルハルトは戸惑いを顔に浮かべ、エレーヌの手をそっと握って引き寄せた。
(い、いやっ……)
エレーヌは手を引き抜こうとするも、それはしっかりと掴まれており、引き抜けない。
「エレーヌ?」
ゲルハルトの声はうすら寒くなるほどに優しくエレーヌを気遣ってくるものだった。
「エレーヌさま、陛下が何かお言葉を求めておいでです」
ディミーの声に我に返る。貴族らの注目をエレーヌは一身に集めていた。
(私に何か言えと?)
エレーヌは必死で正面を向いた。そして、声を絞り出した。
「エレーヌです。いたらないところもありますが、ど、どうかよろしくお願いします」
それはか細く、近くにいるディミーにしか聞こえなかったほど小さい声だった。
ディミーが訳すと、会場が静まり返った。貴族らが呆気に取られたような顔をエレーヌに向けている。とてもではないが、エレーヌを好意的に見る目ではない。
(わ、わたしが、みすぼらしくて貧相だから、そう夫に紹介されたから、私をそんな目で見るの?)
エレーヌは惨めで悲しくてたまらなくなった。
食事が始まり、会場はざわめき始めた。貴族らは、エレーヌを見ては、いやなものでも見るようにひそひそと囁き合う。エレーヌはうつむいた。惨めで惨めでたまらなかった。
(みんなに馬鹿にされても当然よね)
エレーヌはぽとりと涙を落とした。そんなエレーヌをゲルハルトが、気遣うように手を握ってきた。
「エレーヌ?」
しかし、エレーヌにはうつむいていることしかできなかった。
針の筵のような晩餐会だった。
新しい料理が運ばれてきても、喉を通らなかった。
周囲はさまざまに楽しげに歓談しているも、エレーヌはひとり蚊帳の外だ。
(どこにも居場所がないわ)
ゲルハルトはときおりエレーヌを気遣うような目で見てくるも、ゲルハルトがどういうつもりでエレーヌにそんな目を向けてくるのかわからず、腹が立つやら悲しみに打ちひしがれるやらだった。
(そういえば、ラクア語を教えてもらう話はどうなったのかしら)
貴族がゲルハルトから離れたタイミングで、ゲルハルトに訊いてみた。
「ゲルハルトさま、私にラクア語の先生をつけてもらう話はどうなったのでしょうか」
ゲルハルトは少し悲しそうな顔になった。そして、首を横に振った。
『それはできない』
ゲルハルトは申し訳なさそうに、エレーヌの手を取ると、指先にキスをしてきた。
『悪いけど、それはできないんだ』
(ひどい……、ひどいわ………っ)
面と向かって頼みを断られたエレーヌは、傷つき、そして、悔しくなった。
ゲルハルトの手から指を抜いて、顔をそっぽに向ける。
(私を追い出すくせに、言葉も習わせてくれないのね、ひどい人………!)
それからずっとエレーヌはゲルハルトを見ないで過ごした。料理も口につけず、人形のようにじっとしていた。顔は暗く悲し気で不機嫌でもあった。
そんな態度がエレーヌの評判を落とすことにエレーヌは気づいていなかった。
貴族の間で、エレーヌは、異国から嫁いできた傲慢な王女ということになっていた。
エレーヌの知らないところで、エレーヌはこう噂されていた。
『異国から来た王女はこの国が嫌いだってな』
『一日中、部屋に閉じこもって出てこないらしいぞ』
『結婚式の翌日に、俺の妻にエレーヌ陛下に挨拶にいかせたが、門前払いを食らったんだ』
『誰とも交流するつもりもないらしい』
『やれやれ、ゲルハルトさまも、とんだ人を王妃に迎えたものだ』
そんな会話が交わされてはエレーヌに冷ややかな視線が向けられていた。