もう一度、この愛に気づいてくれるなら
ディミーはつかつかとテーブルまで来ると、ゲルハルトに何か言った。ところどころでエレーヌとの単語が混じっているために、自分のことを言っているのだろうとエレーヌは感じた。

ゲルハルトが何か言い返すと、それきり、ディミーは何も言わなくなった。

何を話したのか気になったが、ゲルハルトが食事を再開したために、エレーヌもまた、スプーンを手に取った。

「オイシイ?」

「オイシイ」

「スキ?」

「スキ」

そんな子ども同士のような拙い会話を交わす。

ほとんどのものに一通り口をつければ、もうお腹がいっぱいになり、それ以上はお腹に入らなくなった。ゲルハルトはそれを見て取ったのか、ハンナに何やら合図した。最後にもう一皿だけあるようだった。

ハンナが奥から出してきたものをエレーヌの前に置く。

ひんやりとした白いものが、きれいな切込み模様のあるガラス器に入れられていた。

「エレーヌ、アイスクリーム、オイシイ」

エレーヌには見たことも食べたこともない食べ物だ。マカロンのような甘い匂いがしている。

一口食べると、何とも言えない甘い匂いが香り、心地よい冷たさに甘さが広がって行く。

「オイシイ?」

「オイシイ、スキ」

エレーヌは、ゲルハルトがして見せたように、チュ、と、アイスクリームの乗ったスプーンにキスしてみせた。

ゲルハルトは一瞬目を丸めて、今度は目を細めてエレーヌをじっくりと見つめてきた。そして、甘く微笑んだ。

食事が済むと、ゲルハルトは、部屋から出て行った。部屋を出る前に、また、エレーヌにひざまずき、手の指にキスをした。

「エレーヌ、スキ」

美味しいものをたくさん食べさせてもらった身としては、もうその手を振り払う気にはならなかった。

「ゲルハルトさま、アリガトウ。たくさんの、オイシイ、アリガトウ」

ラクア語を混ぜながら、エレーヌは言った。ゲルハルトにも意味が伝わったようで、嬉しそうな顔をして去っていった。

ゲルハルトが出て行ったのち、ディミーはハンナに何か小言のようなことを言い始めた。ハンナは何か言い返しているが、結局はやり込められて、黙ってしまった。

エレーヌは、ディミーに訊いた。

「ハンナに何と言ったの?」

「エレーヌさまに可哀想なことはしては駄目だと注意しました」

「可哀想なこと?」

訊き返すと、ディミーは言いづらそうな顔になった。

「エレーヌさまはいずれ、ここを出ていかれる身です。なので、ゲルハルトさまが訪ねてこられても、軽々しく通さないほうが良かったのです」

その言葉にエレーヌは先ほどまでの楽しい食事の余韻が消え失せ、冷え冷えとしたものを感じた。

「でも、国王のなさることよ」

「体調が悪いとでも嘘を言っておけばよかったのです」

「さっきも、ゲルハルトさまにも同じことを言ったのね。つまり、いずれ私を追い出すのだから、情けをかけないようにしてくれ、と」

「さようです。ゲルハルトさまは、気まぐれなお方です。後先考えずにここを訪れたのでしょう。しかし、それはとても残酷なことだとわかっていないのです。あのような男性には、女性の気持ちなどわかりません」

ディミーは知性的な目に怒りを浮かべていた。

(ディミーもゲルハルトさまに腹を立ててくれているのね)

エレーヌはゲルハルトが、《みすぼらしく貧相な王女》と言いながらも、優しそうな笑みを浮かべていたことを思い出した。そのときに背中にぞわっと寒いものが走った感触もよみがえった。

(そうね、ゲルハルトさまとはあまり会わないほうが良いのかもしれないわね)

ゲルハルトとの食事をうっかり楽しいと感じてしまった自分を戒めた。

夜になって、寝室で横になっていると、居間の方で物音がした。ゲルハルトの声が聞こえてきた。

(また来たのね? いったい、どういう了見かしら)

その日はディミーも侍女部屋に待機していたのか、ディミーの声が聞こえてきた。

(もう会いに来るな、と言っているのかしら)

ゲルハルトがどういうつもりでエレーヌのもとに訪れるのかわからないが、エレーヌにはどう対応すればいいのかわからない。

ディミーを振り切ったらしいゲルハルトの足音が近づいてくる。

エレーヌは寝たふりをすることにした。いびきをかく。

寝たふりをしているうちに眠ってしまったらしい。

エレーヌが目覚めると、弾力のある温かなものに包まれていた。

< 31 / 107 >

この作品をシェア

pagetop