もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌは目を開けたゲルハルトに、さっと体を反転させて背中を向けた。

指先には引き抜いたゲルハルトの眉毛が数本挟まっている。それらを、息で吹き飛ばす。

(しょ、証拠隠滅……!)

「エレーヌ?」

ゲルハルトが優しげな声で言ってきた。

(とりあえず、怒ってはいないようだわ)

エレーヌはおずおずと振り向いた。

エレーヌと目が合うなり、ゲルハルトは笑顔を浮かべた。

(笑ったわ………!)

ゲルハルトは満面の笑みをエレーヌに向けてくる。

(どうして私を見て、そんな嬉しそうな顔をするの?)

エレーヌは胸がギュッと絞られたような心地になった。

見つめ返すエレーヌを、ゲルハルトは引き寄せる。引き寄せてエレーヌの肩に頬ずりをする。

「エレーヌ、オハヨウ」

「ゲ、ゲルハルトさま、おはよう」

「エレーヌ、スキ、タイセツ」

エレーヌはゲルハルトの片言のブルガン語に腕の中で身を強張らせる。

(何でこんなことを言うのかしら。愛する人がいるくせに。どういう魂胆なの?)

ゲルハルトはエレーヌの頭にキスをしてきた。チュ、とわざとなのか、リップ音を立てる。

キスはそのまま、額、こめかみ、頬、と降りてきて、唇に近づいてきた。唇が触れあいそうになって、エレーヌは顔を背けた。

(イヤ………!)

ゲルハルトは、ガクッと肩を落としたように見えたが、エレーヌは、顔を背けたままだった。

(そういうのは愛する人とすればいいでしょうに)

ゲルハルトは上半身を起こすとエレーヌに言ってきた。

「エレーヌ、キョウ、イッショ、ソト、イク?」

ゲルハルトのブルガン語は上達している。

(今日も、どこかに連れて行ってくれるの?)

エレーヌは飛び起きた。

「行く、行きたいわ!」

勢い込んで言ってしまい、恥ずかしくなる。

(でも、外って珍しいものばかりなんですもの。それに、追い出されたときのために、外の世界を知っておかなくちゃいけないし)

ゲルハルトに機嫌を取られているようで悔しくなるも、ゲルハルトの笑顔を見ていると、エレーヌも嬉しくなってくるのが不思議だった。

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