もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌとゲルハルトを乗せた馬車は、橋を渡る手前で止まった。
ゲルハルトに続いて、エレーヌも馬車を降りた。差し出してくるゲルハルトの手を取れば、ゲルハルトは迷いなくエスコートする。
ゲルハルトは橋を渡り市場へと向かう。
(昨日、私が町を歩いてみたい、と言ったのが通じていたのかしら)
市場は活気に満ちていた。人々の往来は多く、ほんの一角歩いただけで、エレーヌはこれまでの人生で見てきた人の数十倍の人々を見た。
「すごいわ! どこから集まってきたのかしら。人が大勢いるわ」
扱っているものも雑多で、採れたて野菜に果物に、新鮮な魚に肉やチーズまであった。そして、すぐに食べられるものも売っており、エレーヌは、漂ってきた香ばしい匂いを嗅ぎ取った。
(お腹が空いちゃったわ)
今朝は、果実水しか用意されなかった。
エレーヌは香ばしい匂いのする方向に顔を向けた。ゲルハルトはエレーヌの興味を引いたものを見て取ったのか、屋台の方へとエレーヌを連れていく。
屋台には、揚げたての菓子が並んでいた。
エレーヌは、小麦色の揚げ菓子を見て、ごくりと喉を鳴らした。ゲルハルトは早速、二つ買った。
それに、飲み物も買い込んだ。
小川のほとりにくると、ベンチにエレーヌを座らせて、揚げ菓子と飲み物を渡してきた。
「エレーヌ、タベル。ドーナツ」
(今朝は市場で食べるから、果実水しか飲ませてくれなかったのね)
エレーヌは素直に受け取った。
「ドーナツっていうのね。アリガトウ」
小麦色のドーナツをかじると、香ばしい匂いが口に広がった。外はカリッとしているのに、中は黄色くてほかほかしており、ほんのりと甘い。
「オイシイ!」
飲み物はコーヒーをミルクで割ったものだった。ドーナツにとても合っている。
そよぐ風は涼しくて心地よく、柳の長い葉をそよそよと揺らしている。
ゲルハルトはそれから、果物を飴で包んだものや、焼き栗など、いろいろなものを買っては与えてきた。そのどれもがエレーヌには珍しく、そして、おいしいものだった。
「市場って、いろんなものがいっぱいね」
「エレーヌ、ウレシイ?」
「ええ、ウレシイし、楽しいわ!」
「タノシイ?」
「ウキウキすることよ」
エレーヌはつま先で跳ねてみせた。ゲルハルトもエレーヌを真似て、ステップを踏む。
「タノシイ。ワタシ、ウキウキ、タノシイ」
二人で笑いながら、通りを跳ねるように歩く。
お腹がいっぱいになってきたところで、市場を通り抜けて、少し立派な商店の立ち並ぶ通りにたどり着いていた。
ゲルハルトは一軒の店にエレーヌを入らせた。そこは衣類を扱っている店だった。高級そうなシャツやドレスが並んでいる。
店主はゲルハルトを見れば、歓待してきた。
「陛下! ######」
お忍び姿でもひと目でゲルハルトだとわかったらしい。王宮御用達の店なのかもしれなかった。
店主はエレーヌを興味深そうに見つめてきた。
「エレーヌさま、######」
エレーヌに向けて話しかけるも、エレーヌが答えられないでいると、ゲルハルトが助け船を出してきた。エレーヌの肩を抱くと、店主に話しかける。
「#######」
「エレーヌさま、######」
店主はひざまずき、礼を示してきた。エレーヌも腰を低くして礼を返す。
店主は、ゲルハルトとエレーヌを店の奥へと連れて行った。
奥にはサンプルと見られるドレスと、高級そうな生地が棚いっぱいに並んでいる。
(ドレスでもあつらえてくれるのかしら。何しろ、王様だもの、お金ならたくさん持っているはずだわ。いつか出て行くときのための軍資金のためにも、一番高そうなものをおねだりするわ)
ゲルハルトが店主に何かを告げれば、店主は棚から衣類を取り出してきた。店主が手にしているのは、シンプルなシャツにズボンだった。
(ゲルハルトさま、自分の服を買うつもりなの?)