もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌ・ルイーゼ=アントワーネがエレーヌの正式な名前になった。
「どうだ? お前の名だ。気に入ったか。お前の母親がつけたエレーヌという名も入れてやったぞ」
エレーヌは王宮の豪華な部屋に連れていかれ、何人もの侍女に取り囲まれた。
侍女たちはあからさまな好奇の目を向けてきた。ずっと塔に隠れ住んでいた下女の娘が、王女として扱われようというのだ。若い娘らが興味を抱かないはずもない。
「塔の中でたった一人きりで住んでいたんですか?」
「まあ、随分とつぎはぎだらけの衣服ですわね。でも、縫い目が丁寧でこまかいわ。手先が器用ですのね」
エレーヌは何も答えることができなかった。ずっとひとりきりでいたのだ。どう答えればいいのかわからない。
侍女たちは恥ずかしがるエレーヌの服を脱がせると、体を洗った。洗い終わると、触り心地の良いドレスを着せていく。そして、鏡台の前に座らせると、エレーヌの髪を丁寧に乾かし、櫛を入れていく。
「さっきは臭かったけど、良い匂いになったわ」
そう言われてやっと、エレーヌは自分がひどい匂いがしていたのことに気がついた。そんなエレーヌを国王はいやな顔せずに抱きしめてきた。
(やはりあの髭の人が本当に父親なのね)
しかし、父親の方も独特の匂いがしたため、おあいこだとも思った。
エレーヌが何も言わないために、侍女たちは好き勝手におしゃべりを始めた。
「陛下と同じ金髪に紫色の目なのね」
「でもそれ以外は陛下に似てないわ」
「造りは母親似なのね。下女なのに手を付けたくらいだから、この人のお母さまもさぞかし美人だったんでしょうね」
「でも、塔にいたせいか、白すぎる肌が不健康だわ」
国王は、白髪に、灰色の眼をしていたが、若い頃にはエレーヌと同じ目と髪の色を持っていたのかもしれなかった。
エレーヌは鏡台に座って、はじめて自分の容姿を知ったが、映った自分にくぎ付けになった。うりざね顔に小さな鼻は、母親にそっくりだった。
(お母さま………!)
エレーヌは母親を思い出して胸が詰まった。そんなエレーヌに侍女の声が聞こえてきた。
「ずっと塔に住んでたのに、王妃になんかなれるのかしら」
(お、王妃……?)
侍女らのおしゃべりによると、エレーヌは失踪した第三王女の替わりに、ラクア王国に嫁ぐことになったらしい。それも国王に。
エレーヌには突然の事態に頭が追い付かない。そんなエレーヌをよそに侍女たちは好き勝手におしゃべりをする。
「ラクア王国の国王って、若いんですって。まだ21歳とか」
「肖像画をちらっと見たけど、とても怖そうだったわ」
「そうかしら、精悍な顔つきだったわ」
「美男子よね。私が嫁ぎたいくらいだわ」
「でも、もう二度とここには戻ってこられないかもしれないのよ。すごく遠いんだから。言葉も違うし、食べ物だって違うし」
「だから、第三王女も逃げたのかしら」
「いずれにせよ、私たちには関係ない話ね。この人が嫁ぐんだし」
侍女たちは無邪気な顔でエレーヌを見てきた。
エレーヌは、暴風雨に巻き込まれたように感じるも、抗うすべなどなかった。