もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌの前に広げられたシャツもズボンも、ゲルハルトのものにしてはかなり小さい。
ゲルハルトはそれらを確認すると、エレーヌにドレスを選ばせる素振りも見せず、店を出てしまった。
(な、なんだったの……? ドレスを買ってくれるわけではなかったのね。なによ、ゲルハルトさまのケチ!)
しかし、そのあと、大聖堂の前の泉を見に行ったり、王都を一望できる展望台に連れて行ってくれたりしたので、エレーヌにとっては満足のいく一日となった。
湯あみをしてしばらくすれば、居間の方で声がした。
(ゲルハルトさま、今夜も来たのね!)
エレーヌは思わず笑顔になったのち、慌てて、両頬を抑えた。
(私、どうして、ゲルハルトさまが来て、はしゃぎたい気持ちになるのかしら。今日、おいしいものをいっぱい食べさせてくれたからかしら。私ったら、食べ物に釣られすぎよ)
エレーヌは慌てて灯りを消して、ベッドにもぐりこんだ。シーツをかぶって寝たふりをする。
間もなくドアが開き、ゲルハルトが入ってきた気配がする。
「エレーヌ」
ゲルハルトの声が聞こえてきたが、エレーヌは寝たふりを通すことにした。
ギシッとベッドがきしみ、ゲルハルトがベッドに乗ってきた。
エレーヌはゲルハルトに背後から抱え込まれ、そして、優しく頭を撫でられるのを感じた。
「エレーヌ、スキ、タイセツ」
ゲルハルトのかすれ声が耳元で聞こえ、エレーヌは、ぶるっと心が震える。
やがて、背後のゲルハルトから寝息が聞こえてきた。
エレーヌは体を起こした。
窓から差し込む月明かりに、ゲルハルトの健やかな寝顔があった。
ゲルハルトのまっすぐに横に伸びた眉は、少し眉尻が垂れて、昼間の顔つきよりもどことなく間が抜けている。
エレーヌは眉を撫でた。
(やっぱり柔らかくて気持ちいいわ)
不意に、エレーヌは泣きたいような気持になった。
(のん気な寝顔ね)
エレーヌはその寝顔に涙がこぼれそうになって、慌てて目を閉じた。
どうして涙が出そうになったのか、そのときのエレーヌにはわからなかった。
しかし、その涙が苦しみや悲しみのために沸いたものではないことだけはわかった。