もう一度、この愛に気づいてくれるなら
クローバーの花冠
その日も、ゲルハルトはエレーヌを外に連れていくつもりのようだった。
「エレーヌ、キョウも、イク。ワタシ、エレーヌ、イッショ」
エレーヌが着せられたのは、昨日、商店で買ったシャツにズボンだった。それに、いつの間に用意されたのか、エレーヌにちょうどサイズの合うブーツが用意されていた。
(このシャツとズボンは、やっぱり私のためのものだったのね)
ハンナはエレーヌの金髪を後ろで一つ結びにした。そして、赤い木綿のリボンを結んだ。
鏡越しのエレーヌは、いつもは大人しそうに見えるのに、そんな格好だと、活発そうに見えた。
エレーヌを迎えにきたゲルハルトも、シャツにズボンにブーツを履いていた。
「エレーヌ、コッチ」
ゲルハルトに連れていかれるままに外に出れば、一頭の馬がいた。馬車につながれておらず、黒毛の艶々した立派な馬だった。
ゲルハルトが馬の首を撫でてやれば、馬は気持ちよさそうに頭を揺すった。
「エレーヌ、ブラックベリー」
(ブラックベリーというのは、この馬の名前ね?)
ゲルハルトはエレーヌの手を引いて、馬の首を撫でさせる。
エレーヌが撫でてやると、ブラックベリーは、フンンッ、と気持ちよさげに鼻を鳴らした。
(まあ、温かいわ。馬って体温が高いのね。思ったよりも柔らかい毛だわ。とても触り心地が良いわ。ゲルハルトさまの眉の次に触り心地が良い毛だわ)
エレーヌがブラックベリーを見つめると、ブラックベリーも見つめ返してきた。
(優しそうな目。ブラックベリーは、ゲルハルトさまに似ているわ)
ブラックベリーは黒毛で黒い目をしており、とても良い馬だということがエレーヌにもわかった。
ブラックベリーは、エレーヌに撫でられるままになっている。
「まあ、私、ブラックベリーが好きだわ」
エレーヌはブラックベリーの首に両手を回して、抱き着いた。ブラックベリーも首を揺すってエレーヌの頬に首を擦り付けてきた。
「ブラックベリー、良い子。あなた、とても良い子ね」
そんなエレーヌの背後からゲルハルトの声が聞こえてきた。
「エレーヌ、ブラックベリー、ノル」
エレーヌはゲルハルトに抱えられ、馬に押し上げられた。
「きゃあ!」
声を上げるエレーヌの背後で、ゲルハルトもひらりと馬に飛び乗ってきた。
馬上に横乗りになったエレーヌは思わず、ゲルハルトの胴体にしがみついた。
「急に乗せるなんて、びっくりしたわ!」
「エレーヌ、ブラックベリー、ナカヨシ、ワタシも、ナカヨシシタイ」
顔を上げればゲルハルトは少々、拗ねていた。
(もしかしたら、ゲルハルトさま、ブラックベリーに嫉妬したのかしら? 私がブラックベリーに抱き着いたから?)
エレーヌがゲルハルトにしがみついて顔を覗き込んでいるうちに、ゲルハルトの拗ねた顔は次第にのろけてきた。
ゲルハルトの顔がエレーヌの額に降りてくる。チュ、と額にキスをしてきた。
「ナカヨシ、ワタシ、ウレシイ」
(や、やだ、私ったら、ゲルハルトさまに抱き着いてるわ)
周囲には使用人らが見守っており、そのなかにはハンナもおり、ハンナはエプロンの裾で何やら目を拭っている。
(ハ、ハンナったら、泣くことないでしょうに)
エレーヌは恥ずかしくなって、ゲルハルトの胸を押した。そして、横乗りから、鞍をまたいで、前を向く。
ストンと、お尻が鞍に入り込み、位置が安定する。ズボンのために動きがスムーズだ。
(ゲルハルトさまは、乗馬のためにズボンを買ってくれたのね。それにブーツも)
エレーヌが前に向いたタイミングで、ゲルハルトはブラックベリーに足で合図を出して、ブラックベリーは歩き始めた。
エレーヌは、手綱を握るゲルハルトの手を掴んだ。
馬上ではゲルハルトしか頼る人はいなかった。