もう一度、この愛に気づいてくれるなら
ぱっかぽっこ、と、ゆったりと馬は進み、王宮から離れて行く。
ゆったりとしたリズミカルな振動に、石畳を蹴るひづめの音は、心地よかった。
(なんだか、気持ちが良いわ!)
背中にゲルハルトがいるためか、それとも、ブラックベリーの振動が穏やかなせいか、初めての乗馬でもエレーヌは怖くなかった。
馬の揺れも高い目線も、とても心地良い。
「エレーヌ、タノシイ?」
「うん、楽しい、馬に乗るのたのしいわ!」
「ウキウキ?」
「うん、ウキウキするわ!」
ゲルハルトはそれを聞くと、馬の腹を蹴った。ゆっくりと歩いていたブラックベリーは、駆け足となった。
先ほどまでのリズムとは別の躍動的なリズムで景色が後ろへと去って行く。疾走というほど速くはなく、ゆったりと、しかし、リズミカルにブラックベリーは駆ける。
石畳の王都を抜けて草原に出ると、ひづめの音が変わった。
エレーヌは全身が揺すられて、愉快でたまらなくなった。笑い声をあげていた。
「楽しい、楽しいわ、ゲルハルトさま!」
「エレーヌ、タノシイ。ワタシ、ウレシイ」
ゲルハルトも背中で笑っているのが聞こえる。
草原を駆けて、林に入る。ゲルハルトは手綱を引いて、再びブラックベリーはゆったりと歩き始めた。
木々の隙間から木漏れ日が差し込み、葉っぱのきしむ音がリズミカルに聞こえる。エレーヌは得も言われぬ安らぎを感じていた。
急に視界が開け、再び草原に出た。そこでは遠くの山々までが見渡せた。
ゲルハルトは、泉のほとりまで来るとブラックベリーから降りたのち、エレーヌも降ろした。
ゲルハルトはブラックベリーに水を飲ませると、自分も泉の水を手ですくって飲んだ。
「エレーヌ、ミズ」
エレーヌもゲルハルトを真似して水を飲んだ。冷たくて心地良い。
「こんなおいしい水は初めてだわ! オイシイ!」
エレーヌは、地面にクローバーが咲き乱れていることに気づいた。群生があたりに広がっている。
「まあ! すごいわ!」
エレーヌは一つ引き抜いてみた。
エレーヌにとって、花を摘むのは初めての経験だった。摘んでいるうちに夢中になり、片手で握れないほどの束になった。
ふと見れば、ゲルハルトは地面に座り込んでいる。うつむいて、何かを作っているようだった。
ゲルハルトは大きな手で、小さな花を一生懸命に扱っている。
大の男が花遊びをしているのは、違和感がある。特にゲルハルトのような武骨な男が花を摘んでいるのは、少々滑稽でもある。
(何だか子どもみたい。花遊びをするなんて)
エレーヌは滑稽さに笑った。
しかし、笑ったあとに、エレーヌはゲルハルトの横顔に、胸をキュッと締め付けられ、何故か涙がこぼれそうになった。
エレーヌは、無心に何かを作っているゲルハルトから目を離せなくなった。
ゲルハルトが視線に気づいたのか、エレーヌが見ていたことに気づくと、照れたような顔になった。その顔に、エレーヌは、動揺してしまった。
(どうして、そんな顔をするの? 私、また、涙がこぼれそうになるわ、どうして?)
鼻の奥がツンとするも、胸の奥には悲しみではなく、甘やかなものが広がっている。甘く温かいものがエレーヌの心を満たしている。
エレーヌは、ゲルハルトの横に座り込んだ。ゲルハルトを真似て、クローバーをつなげることにした。見よう見真似でエレーヌもクローバーで房を作っていく。
風は心地良く、泉の水音に、ブラックベリーが尻尾を跳ね上げたり、鼻を鳴らす声が聞こえてくる。
二人で黙り込んでクローバーを編むこの時間を、エレーヌはとても愛おしいもののように感じていた。
ゲルハルトは長くなったクローバーの房を眺めると、端と端をつないで輪っかにしてみせた。
(まあ、花冠になったわ!)
ゲルハルトが出来上がった花冠を目の前に掲げて、とても無邪気に笑うのを見て、エレーヌの胸がまたキュッとくすぐられた。
「######、マリー、#####」
ゲルハルトが懐かしむような顔でつぶやく言葉に、「マリー」との単語を聞き取っていた。
(その花冠は、マリーさまのために作ったのね?)
そう思えば、急にギリッと胸に刺し込む痛みがあった。ゲルハルトは花冠を見て笑みを浮かべている。
(ゲルハルトさまは、マリーさまを思って、そんな笑みを浮かべているの?)
エレーヌは苛立ちにも怒りにも似たどす黒い感情に襲われ、ゲルハルトに背中を向けた。
そんなエレーヌをゲルハルトは背中から抱きしめてきた。そして、うなじにキスを受ける。
「エレーヌ、スキ、タイセツ」
ゲルハルトはそう言いながら、エレーヌの頭に花冠を乗せてきた。
(え? え?)
ゲルハルトはエレーヌを反転させて自分に向けると、目を細めてエレーヌを見つめてきた。嬉しそうに口元をほころばせている。
「エレーヌ、キレイ」
(もしかして、私のために作ってくれたの?)
エレーヌは早とちりしてしまったことに気づいた。おそらく、ゲルハルトは幼い頃に、マリーとここに来て、遊んだことがあるのだろう。それを思い出していたのだ。
(これは、嫉妬なの? わたし、早とちりして、マリーさまに嫉妬してしまったんだわ)
不意にエレーヌに、狂おしいような思いが湧き起こってきた。
ゲルハルトが一生懸命に作っていたのは、自分のためだと思うと、ゲルハルトがいじらしくも健気にも見えてしようがなくなった。
「ゲルハルトさま、可愛い人……」
エレーヌはゲルハルトを見て、そうつぶやいていた。
「カワイイ?」
ゲルハルトはエレーヌに訊き返してきた。エレーヌは慌てて言った。
「ち、違うの。花冠が可愛いの。クローバーが、可愛い」
「クローバー、カワイイ?」
「そう、クローバー、可愛いわ」
「クローバー、カワイイ……」
ゲルハルトはそうつぶやいたのち、何度も確かめるように、「カワイイ」とつぶやいている。
恥ずかしくなったエレーヌは、せっせとクローバーを編んだ。そして、輪っかに閉じて、花冠を作り上げた。
「ゲルハルトさま」
エレーヌの声に顔を上げたゲルハルトに、花冠をかぶせた。ゲルハルトの黒い髪に花冠はよく映えた。ゲルハルトはおとぎ話の王子さまのように見えた。
「これで、お揃いね!」
ゲルハルトは、エレーヌをまっすぐに見て、言ってきた。
「エレーヌ、カワイイ」
◆***クローバーの花冠2
「エレーヌ、カワイイ」
「?!」
エレーヌは氷のように固まってしまった。次に、真っ赤に頬を染めていく。
その様子を見たゲルハルトは確信した顔で、立て続けに言ってきた。
「エレーヌ、カワイイ、カワイイ」
ゲルハルトは真剣な顔でそう言ってくる。
「エレーヌ、カワイイ、トテモ、カワイイ」
(もう、だめ!)
エレーヌはゲルハルトの口を手で抑えた。そうすれば、ゲルハルトはエレーヌの手のひらにキスをしてきた。エレーヌが思わず手を外すと、ゲルハルトはエレーヌの手首をつかんで、手の甲にキスをする。
真っ赤になって顔を背けるエレーヌのあごを、ゲルハルトは持ち上げて、自分に向かせた。
「エレーヌ、コッチ、ミテ。ワタシ、ミテ」
エレーヌがゲルハルトを見ると、ゲルハルトはまっすぐにエレーヌを見つめて言った。
「エレーヌ、カワイイ、スキ、タイセツ」
ゲルハルトのキスは、手の甲から、腕、肩、と上がっていき、頬になった。そして、唇に近づいてきた。
エレーヌは避けることができなかった。
(どうしよう、私、ゲルハルトさまのことが好きなんだわ、好きになってしまったんだわ)
草原で花冠を被る二人は唇を寄せ合った。若き国王と王妃の二人だった。
ゆったりとしたリズミカルな振動に、石畳を蹴るひづめの音は、心地よかった。
(なんだか、気持ちが良いわ!)
背中にゲルハルトがいるためか、それとも、ブラックベリーの振動が穏やかなせいか、初めての乗馬でもエレーヌは怖くなかった。
馬の揺れも高い目線も、とても心地良い。
「エレーヌ、タノシイ?」
「うん、楽しい、馬に乗るのたのしいわ!」
「ウキウキ?」
「うん、ウキウキするわ!」
ゲルハルトはそれを聞くと、馬の腹を蹴った。ゆっくりと歩いていたブラックベリーは、駆け足となった。
先ほどまでのリズムとは別の躍動的なリズムで景色が後ろへと去って行く。疾走というほど速くはなく、ゆったりと、しかし、リズミカルにブラックベリーは駆ける。
石畳の王都を抜けて草原に出ると、ひづめの音が変わった。
エレーヌは全身が揺すられて、愉快でたまらなくなった。笑い声をあげていた。
「楽しい、楽しいわ、ゲルハルトさま!」
「エレーヌ、タノシイ。ワタシ、ウレシイ」
ゲルハルトも背中で笑っているのが聞こえる。
草原を駆けて、林に入る。ゲルハルトは手綱を引いて、再びブラックベリーはゆったりと歩き始めた。
木々の隙間から木漏れ日が差し込み、葉っぱのきしむ音がリズミカルに聞こえる。エレーヌは得も言われぬ安らぎを感じていた。
急に視界が開け、再び草原に出た。そこでは遠くの山々までが見渡せた。
ゲルハルトは、泉のほとりまで来るとブラックベリーから降りたのち、エレーヌも降ろした。
ゲルハルトはブラックベリーに水を飲ませると、自分も泉の水を手ですくって飲んだ。
「エレーヌ、ミズ」
エレーヌもゲルハルトを真似して水を飲んだ。冷たくて心地良い。
「こんなおいしい水は初めてだわ! オイシイ!」
エレーヌは、地面にクローバーが咲き乱れていることに気づいた。群生があたりに広がっている。
「まあ! すごいわ!」
エレーヌは一つ引き抜いてみた。
エレーヌにとって、花を摘むのは初めての経験だった。摘んでいるうちに夢中になり、片手で握れないほどの束になった。
ふと見れば、ゲルハルトは地面に座り込んでいる。うつむいて、何かを作っているようだった。
ゲルハルトは大きな手で、小さな花を一生懸命に扱っている。
大の男が花遊びをしているのは、違和感がある。特にゲルハルトのような武骨な男が花を摘んでいるのは、少々滑稽でもある。
(何だか子どもみたい。花遊びをするなんて)
エレーヌは滑稽さに笑った。
しかし、笑ったあとに、エレーヌはゲルハルトの横顔に、胸をキュッと締め付けられ、何故か涙がこぼれそうになった。
エレーヌは、無心に何かを作っているゲルハルトから目を離せなくなった。
ゲルハルトが視線に気づいたのか、エレーヌが見ていたことに気づくと、照れたような顔になった。その顔に、エレーヌは、動揺してしまった。
(どうして、そんな顔をするの? 私、また、涙がこぼれそうになるわ、どうして?)
鼻の奥がツンとするも、胸の奥には悲しみではなく、甘やかなものが広がっている。甘く温かいものがエレーヌの心を満たしている。
エレーヌは、ゲルハルトの横に座り込んだ。ゲルハルトを真似て、クローバーをつなげることにした。見よう見真似でエレーヌもクローバーで房を作っていく。
風は心地良く、泉の水音に、ブラックベリーが尻尾を跳ね上げたり、鼻を鳴らす声が聞こえてくる。
二人で黙り込んでクローバーを編むこの時間を、エレーヌはとても愛おしいもののように感じていた。
ゲルハルトは長くなったクローバーの房を眺めると、端と端をつないで輪っかにしてみせた。
(まあ、花冠になったわ!)
ゲルハルトが出来上がった花冠を目の前に掲げて、とても無邪気に笑うのを見て、エレーヌの胸がまたキュッとくすぐられた。
「######、マリー、#####」
ゲルハルトが懐かしむような顔でつぶやく言葉に、「マリー」との単語を聞き取っていた。
(その花冠は、マリーさまのために作ったのね?)
そう思えば、急にギリッと胸に刺し込む痛みがあった。ゲルハルトは花冠を見て笑みを浮かべている。
(ゲルハルトさまは、マリーさまを思って、そんな笑みを浮かべているの?)
エレーヌは苛立ちにも怒りにも似たどす黒い感情に襲われ、ゲルハルトに背中を向けた。
そんなエレーヌをゲルハルトは背中から抱きしめてきた。そして、うなじにキスを受ける。
「エレーヌ、スキ、タイセツ」
ゲルハルトはそう言いながら、エレーヌの頭に花冠を乗せてきた。
(え? え?)
ゲルハルトはエレーヌを反転させて自分に向けると、目を細めてエレーヌを見つめてきた。嬉しそうに口元をほころばせている。
「エレーヌ、キレイ」
(もしかして、私のために作ってくれたの?)
エレーヌは早とちりしてしまったことに気づいた。おそらく、ゲルハルトは幼い頃に、マリーとここに来て、遊んだことがあるのだろう。それを思い出していたのだ。
(これは、嫉妬なの? わたし、早とちりして、マリーさまに嫉妬してしまったんだわ)
不意にエレーヌに、狂おしいような思いが湧き起こってきた。
ゲルハルトが一生懸命に作っていたのは、自分のためだと思うと、ゲルハルトがいじらしくも健気にも見えてしようがなくなった。
「ゲルハルトさま、可愛い人……」
エレーヌはゲルハルトを見て、そうつぶやいていた。
「カワイイ?」
ゲルハルトはエレーヌに訊き返してきた。エレーヌは慌てて言った。
「ち、違うの。花冠が可愛いの。クローバーが、可愛い」
「クローバー、カワイイ?」
「そう、クローバー、可愛いわ」
「クローバー、カワイイ……」
ゲルハルトはそうつぶやいたのち、何度も確かめるように、「カワイイ」とつぶやいている。
恥ずかしくなったエレーヌは、せっせとクローバーを編んだ。そして、輪っかに閉じて、花冠を作り上げた。
「ゲルハルトさま」
エレーヌの声に顔を上げたゲルハルトに、花冠をかぶせた。ゲルハルトの黒い髪に花冠はよく映えた。ゲルハルトはおとぎ話の王子さまのように見えた。
「これで、お揃いね!」
ゲルハルトは、エレーヌをまっすぐに見て、言ってきた。
「エレーヌ、カワイイ」
◆***クローバーの花冠2
「エレーヌ、カワイイ」
「?!」
エレーヌは氷のように固まってしまった。次に、真っ赤に頬を染めていく。
その様子を見たゲルハルトは確信した顔で、立て続けに言ってきた。
「エレーヌ、カワイイ、カワイイ」
ゲルハルトは真剣な顔でそう言ってくる。
「エレーヌ、カワイイ、トテモ、カワイイ」
(もう、だめ!)
エレーヌはゲルハルトの口を手で抑えた。そうすれば、ゲルハルトはエレーヌの手のひらにキスをしてきた。エレーヌが思わず手を外すと、ゲルハルトはエレーヌの手首をつかんで、手の甲にキスをする。
真っ赤になって顔を背けるエレーヌのあごを、ゲルハルトは持ち上げて、自分に向かせた。
「エレーヌ、コッチ、ミテ。ワタシ、ミテ」
エレーヌがゲルハルトを見ると、ゲルハルトはまっすぐにエレーヌを見つめて言った。
「エレーヌ、カワイイ、スキ、タイセツ」
ゲルハルトのキスは、手の甲から、腕、肩、と上がっていき、頬になった。そして、唇に近づいてきた。
エレーヌは避けることができなかった。
(どうしよう、私、ゲルハルトさまのことが好きなんだわ、好きになってしまったんだわ)
草原で花冠を被る二人は唇を寄せ合った。若き国王と王妃の二人だった。