もう一度、この愛に気づいてくれるなら
夫の愛人
その朝、エレーヌがエヴァンズ夫人の授業を受けていると、ハンナが嬉しそうな顔で告げてきた。
「エレーヌさま、キタ、#####」
ハンナはエレーヌが聞き取りやすいように、ゆっくりとしたラクア語で喋る。エレーヌも、少しずつラクア語の単語を拾い上げるようになり、「来た」との言葉を聞き取っていた。
「誰が来たの?」
「マリーさま」
ドアの方を見れば、ピンクブロンドが目についた。彼女の周辺だけ明るくなっているように感じた。
マリーは華のある人だった。
エレーヌにはマリーが眩しく見えた。
授業はいったん中断することになり、エレーヌは、テーブルからソファへと移動した。
「エレーヌ!」
マリーは、エレーヌの顔をじっと覗き込むと、笑みを浮かべた。ディミーがマリーの言葉を訳するも、エレーヌにも、ところどころ、単語を聞き取れるようになっていた。
『エレーヌ! 今日から王宮で厄介になるの。どうかよろしくね』
(マリーさまも王宮に住むってこと?)
何か事情があるのだろうが、エレーヌにはその事情を訊くことができなかった。ある嫌な想像が胸をよぎるからだ。
『まあ、あなた、本当にきれいな目ね。紫色の目、素敵よ』
「マリーさまの目だって素敵です。晴れ渡る空のようですわ」
マリーはいたずらっぽく笑った。
『私はあなたの目の色のほうが好きよ。だって、あなたの目も髪の色も落ち着いていて地味で大人しそうだもの。私のは華やか過ぎて滑稽だもの』
マリーはそう言ったが、その華やかな髪色に合う明るいピンクのドレスに身を包んでいる。
(これは自虐に見せかけた自画自賛なのかしら)
エレーヌは、マリーに対して意地の悪い気持ちが湧き起こるのを抑えられなかった。
『私、ゲルハルトが結婚するなんて思ってもいなかったわ。だから、結婚するって聞いて本当にびっくりしたのよ』
マリーはまくしたてるように言ってきた。
『ねえ、ゲルハルトはあなたに優しくしてる?』
「え、ええ、それはもう」
『そう、それならよかったわ。ゲルハルトには気が利かないところがあるから心配だわ。私もしつこく言ってあげたのよ。お嫁さんは大切にしてもしすぎることはないってね。たとえ愛人を作っても、妻を一番に考えてねって』
エレーヌはマリーを見返した。
(たとえ愛人を作っても?)