もう一度、この愛に気づいてくれるなら
吐き気が止まらなくなったエレーヌは、胃が空になるまで吐き続け、それでも、吐き気が収まらなかった。

ハンナの態度から、ゲルハルトとマリーは、王宮で公認の仲に違いなかった。王宮にいる、すべての人にあざ笑われているような心地がしている。

かりそめの寵愛にすがるエレーヌは、さぞかし滑稽に映っただろう。

(惨めでたまらない。寂しくてたまらない)

エレーヌの枕元には抱き人形があった。

(私に向けられた呪い)

ハンナが気を利かせて置いたらしいが、エレーヌを苦しませるだけだった。

エレーヌは人形を眺めた。

(私が子を産めば、後継ぎができる。そうすれば私は追い出される。マリーさまは私が早くいなくなるように、この人形を)

エレーヌはえずいた。そばに置いてあった洗面器を手に取った。

ハンナが背中をさすってきてくれた。けれども、今はハンナに感謝できないほど心が波立っている。

ハンナはいつもエレーヌを気遣ってくれているというのにハンナに八つ当たりしてしまいそうだ。

胃からはもう何も出ず、吐くものはもうないのに、それでも、えずいてしようがなかった。

そのとき、居間の方からゲルハルトの声がした。

(え?)

もうエレーヌのもとへはやってこないだろうと思っていたために、エレーヌはいぶかしんだ。

随分早い帰還だ。

(どうして? どうして、私のところに来たの? マリーさまのところはもういいの?)

エレーヌはベッドに横になったまま、背中を向けてじっとしていた。

ゲルハルトは背中を向けたエレーヌに覆いかぶさり、顔を覗き込んできた。

エレーヌはぎゅっと目を閉じるも、そのせいで目から大粒の涙が流れてしまった。

「エレーヌ……! どこ、いたい? つらい?」

ゲルハルトは額に触れて、それから背中をさすってきた。

エレーヌはそれを避けてベッドの端に移動した。

「エレーヌ………?」

「どこもいたくない……」

エレーヌが言うと、ゲルハルトはそっとエレーヌを引き寄せて抱きしめてきた。

エレーヌは身をよじった。

「いやっ」

エレーヌの声にゲルハルトが息を飲むのがわかった。

「エレーヌ、わたし、いや……?」

ゲルハルトが戸惑った声を出している。

エレーヌは振り返るとその胸を拳で叩いた。エレーヌが叩いたくらいではビクともしない胸だ。

「いやっ」

ゲルハルトは目を大きく見開いて、エレーヌの拳を受けとめるも、エレーヌが逃げようとすれば、腕で拘束して逃がそうとしない。

(ゲルハルトさまは悪くない、悪くないのに)

そう思いながらもエレーヌはゲルハルトに感情をぶつけてしまっていた。

エレーヌがゲルハルトの腕から逃れようとするも、ゲルハルトはエレーヌを抱きしめて離さない。

「エレーヌ、たいせつ」

エレーヌはジタバタと暴れるもゲルハルトの腕からはどうしても逃れられなかった。
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