もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌの出奔
エレーヌはゲルハルトの腕の中で眠ってしまっていたらしかった。
目を開けると、ゲルハルトの黒目と視線がぶつかった。エレーヌを見返す目には喜びが灯ったように見えた。
「エレーヌ」
ゲルハルトは優しい声で囁いてきた。
エレーヌの目にも喜びが灯るのを自覚する。
エレーヌはどうしようもなくゲルハルトのことが好きなのだ。もうどうしようもなく。
エレーヌの孤独に強引に入ってきたゲルハルト。その態度はどこまでも優しかった。
どうしようもなく好きだから、嫉妬を抱く。
(ゲルハルトさまは悪くないのに)
エレーヌはゲルハルトを見つめて、そして、唇を寄せた。ゲルハルトは目を見開いて、そして、キスを受けとめる。
(私がゲルハルトさまを好きになってしまったから、勝手に嫉妬しただけ……)
辺りはもう日が暮れて薄闇に包まれている。
唇が離れるとゲルハルトは訊いてきた。
「エレーヌ、だいじょうぶ? いたい?」
エレーヌは首を横に振った。
「痛くないわ。ごめ、ごめんなさい、ゲルハルトさま」
エレーヌの目から涙があふれ出た。
「エレーヌ……!」
「ごめんなさい、ゲルハルトさま、ごめんなさい」
ゲルハルトは困り果てた顔で、エレーヌを抱きしめてきた。
「エレーヌ、わたし、いっしょ。あなたのなみだ、わたしのなみだ」
ゲルハルトの片言がエレーヌの心に沁みる。
難解なブルガン語をわざわざ学んでくれているゲルハルト。
(お優しい人なんだわ、どこまでも……。マリーさまのことを愛しているのに、私にも情けをかけてくれる)
エレーヌはゲルハルトに口づけた。
体を気遣うそぶりを見せるゲルハルトになおもしがみつくと、ゲルハルトは覆いかぶさってきた。