もう一度、この愛に気づいてくれるなら

情交の後、エレーヌの体の奥にはゲルハルトの熱がまだ残っていた。

エレーヌはゲルハルトの首に腕を絡ませて、ゲルハルトの耳に口寄せた。

「ゲルハルトさま、私はあなたを愛しています」

それは帝国語だった。

エレーヌは「愛する」という言葉をエヴァンズ夫人に教えてもらった。

ゲルハルトは目を見開き、その黒目に陰を湛えた。エレーヌをじっと見つめてきた。

「エレーヌ」

掠れた声はひどく低かった。恐ろしいほどに低い声だった。悲しみ、あるいは、苦しみのようなものがこもった声だった。

「エレーヌ、俺はあなたにどう思われようとあなたが憎い。心から憎んでいる」

ゲルハルトも帝国語で言ってきた。「愛する」の対義語として「憎い」も教えてもらっている。

エレーヌは目を見開いてゲルハルトの腕の中で震えた。

(ゲルハルトさま、これが本心……。やっと口に出せた本心………)

マリーが王宮に移ってきたために、本心を解放したのかもしれなかった。エレーヌを邪魔に感じ始めたのかもしれなかった。

しかし、実際、言われてみれば、エレーヌは身を裂かれるほど胸に痛みを感じた。

エレーヌの目から大粒の涙が流れる。

脳裏にゲルハルトと赤ん坊を抱いたマリーの残像が映る。

(私、もう、ここにはいられない……。ゲルハルトさまとマリーさまの邪魔をしている……。本当の家族の邪魔を……。マリーさまにはお子がいる……。だから、私は……)

「ゲルハルトさま、わたしはずっと、ずっと、あなたを愛しています。あなたが死んでも私が死んでもあなたのことを愛して………」

愛を伝えようとしたエレーヌの唇を、ゲルハルトはそれ以上、聞きたくないと言わんばかりの態度で塞いできた。

(わたし、もう、ここにいてはいけないんだわ……、ゲルハルトさま、ごめんなさい)

エレーヌは心の中で謝罪を続けた。そのうち、感謝の念が湧いてきた。

(気まぐれな王様。そして、とてもお優しい方、どこまでもお優しい……。わたし、幸せだった……、ありがとう、ゲルハルトさま……)

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