もう一度、この愛に気づいてくれるなら
ラクア国王を騙る賊
実のところ、エレーヌの出奔計画はすべてゲルハルトに筒抜けだった。
ゲルハルトはディミーに不審を抱いていた。
エレーヌは「勉強が嫌い」と言って帝国語を学びたがらなかったはずだが、いざ帝国語の教師が現れたときには飛び上がって喜んでいた。
ブルガン国王が遣わした通訳だけに、疑うのははばかれたが、疑いを持ってしまった。
ディミーは何か妙なことをしでかしているのではないか。
それからエレーヌのそばに護衛兵士を装った通訳を配置した。
もしかしたら、ディミーは立場を悪用しているのではないか。言葉を故意にゆがめているのではないか。
それならば大きな誤解が生じている可能性がある。
しかし、報告では、ディミーは、日常的なエレーヌとハンナの会話を、きちんと通訳していた。
マリーの訪問時も、ディミーの通訳に悪意的なものはなかった、との報告があった。
ただ、訳さない部分があったり、「祈り」を「呪い」と、「貸す」を「返す」と訳したり、と、ちょっとしたミスがあったが、総じて、きちんと通訳をしている、とのことだった。
報告者もまさか、そのちょっとしたミスで、エレーヌに大きな誤解が生じているとは思いもよらない。
マリーはゲルハルトの《双子の姉》なのだから。
マリーは公爵家へ嫁いだが、出産のために王宮に戻っているに過ぎない。
そのマリーが、たとえ、「ゲルハルトを貸してね」を「ゲルハルトを返してね」と言ったところで、誤解が生じる余地は無い。
ディミーには何の落ち度もないように見えた。
ディミーが抱き人形の言い伝えを説明し、ハンナがあやす光景は、ほほ笑ましい限りだった。エレーヌは戸惑った顔をしていたが、恥ずかしかったからに違いない。それも含めて、ほほ笑ましかった。
その報告を聞いたゲルハルトは苦しんだ。その報告を受けたのは、帝国語で「憎い」と言われた朝である。
(では、ディミーは誤訳などしていないのか。エレーヌはやはり、単に、俺が憎いだけなのか)
その報告を受けているところへ、エレーヌがディミーに王宮を出たいと相談しているとの新たな報告が入ってきた。
こうして、エレーヌの出奔計画はすべてゲルハルトに筒抜けだった。
(出て行くだと、エレーヌ……! 逃げ出したくなるほど、俺が憎いのか………! そこまで………!)
ゲルハルトは頭が真っ白になった。額を手のひらで覆う。
(逃がさない、逃がさないぞ……! エレーヌ……!)
マリーの部屋を訪問したい、言ってきたときのエレーヌの顔は、どこかさっぱりとしていた。そのときのゲルハルトには、エレーヌが、マリーを訪問するふりをして、実際には王宮から出て行くつもりでいることがわかっていた。
エレーヌの顔つきに、ゲルハルトは打ちのめされた。
(エレーヌ、可哀想に………、そこまで俺のそばがつらかったのか……)
それでも、どの段階かでエレーヌの気が変わって出奔を中止するのではないか、と望みを抱くも、エレーヌは最後まで実行し、王宮を出て行ってしまった。
エレーヌが出て行ったことを知らされたゲルハルトは、しばし、呆然としていた。
(エレーヌ……! 本当に出ていったのか、エレーヌ………!)
ゲルハルトはいつでも出奔を阻止できたが、それをしなかった。
どうしてゲルハルトにエレーヌを引き止められよう。エレーヌがこれほどまで苦しんでいるというのに。
***
「ぐあああああああっ」
ゲルハルトは、気が狂ったように雄たけびを上げて、厩へ向かった。手綱を渡した馬丁は、ゲルハルトの血走った目に腰を抜かしそうになった。
それから、ゲルハルトは昼も夜もなく走った。
2日目にブラックベリーが音を上げると、そこで馬を変えた。そこからは半日ごとに馬を変えて、走り続けた。
山に入れば山賊すらも逃げ出すほどの勢いで走った。土ぼこりを上げて街道を駆け抜ける。
狂ったように走り続けて、ある場所でやっと止まった。
ゲルハルトはディミーに不審を抱いていた。
エレーヌは「勉強が嫌い」と言って帝国語を学びたがらなかったはずだが、いざ帝国語の教師が現れたときには飛び上がって喜んでいた。
ブルガン国王が遣わした通訳だけに、疑うのははばかれたが、疑いを持ってしまった。
ディミーは何か妙なことをしでかしているのではないか。
それからエレーヌのそばに護衛兵士を装った通訳を配置した。
もしかしたら、ディミーは立場を悪用しているのではないか。言葉を故意にゆがめているのではないか。
それならば大きな誤解が生じている可能性がある。
しかし、報告では、ディミーは、日常的なエレーヌとハンナの会話を、きちんと通訳していた。
マリーの訪問時も、ディミーの通訳に悪意的なものはなかった、との報告があった。
ただ、訳さない部分があったり、「祈り」を「呪い」と、「貸す」を「返す」と訳したり、と、ちょっとしたミスがあったが、総じて、きちんと通訳をしている、とのことだった。
報告者もまさか、そのちょっとしたミスで、エレーヌに大きな誤解が生じているとは思いもよらない。
マリーはゲルハルトの《双子の姉》なのだから。
マリーは公爵家へ嫁いだが、出産のために王宮に戻っているに過ぎない。
そのマリーが、たとえ、「ゲルハルトを貸してね」を「ゲルハルトを返してね」と言ったところで、誤解が生じる余地は無い。
ディミーには何の落ち度もないように見えた。
ディミーが抱き人形の言い伝えを説明し、ハンナがあやす光景は、ほほ笑ましい限りだった。エレーヌは戸惑った顔をしていたが、恥ずかしかったからに違いない。それも含めて、ほほ笑ましかった。
その報告を聞いたゲルハルトは苦しんだ。その報告を受けたのは、帝国語で「憎い」と言われた朝である。
(では、ディミーは誤訳などしていないのか。エレーヌはやはり、単に、俺が憎いだけなのか)
その報告を受けているところへ、エレーヌがディミーに王宮を出たいと相談しているとの新たな報告が入ってきた。
こうして、エレーヌの出奔計画はすべてゲルハルトに筒抜けだった。
(出て行くだと、エレーヌ……! 逃げ出したくなるほど、俺が憎いのか………! そこまで………!)
ゲルハルトは頭が真っ白になった。額を手のひらで覆う。
(逃がさない、逃がさないぞ……! エレーヌ……!)
マリーの部屋を訪問したい、言ってきたときのエレーヌの顔は、どこかさっぱりとしていた。そのときのゲルハルトには、エレーヌが、マリーを訪問するふりをして、実際には王宮から出て行くつもりでいることがわかっていた。
エレーヌの顔つきに、ゲルハルトは打ちのめされた。
(エレーヌ、可哀想に………、そこまで俺のそばがつらかったのか……)
それでも、どの段階かでエレーヌの気が変わって出奔を中止するのではないか、と望みを抱くも、エレーヌは最後まで実行し、王宮を出て行ってしまった。
エレーヌが出て行ったことを知らされたゲルハルトは、しばし、呆然としていた。
(エレーヌ……! 本当に出ていったのか、エレーヌ………!)
ゲルハルトはいつでも出奔を阻止できたが、それをしなかった。
どうしてゲルハルトにエレーヌを引き止められよう。エレーヌがこれほどまで苦しんでいるというのに。
***
「ぐあああああああっ」
ゲルハルトは、気が狂ったように雄たけびを上げて、厩へ向かった。手綱を渡した馬丁は、ゲルハルトの血走った目に腰を抜かしそうになった。
それから、ゲルハルトは昼も夜もなく走った。
2日目にブラックベリーが音を上げると、そこで馬を変えた。そこからは半日ごとに馬を変えて、走り続けた。
山に入れば山賊すらも逃げ出すほどの勢いで走った。土ぼこりを上げて街道を駆け抜ける。
狂ったように走り続けて、ある場所でやっと止まった。