もう一度、この愛に気づいてくれるなら


歓迎式で、賓客のゲルハルトは、苛立ちを隠さなかった。

「ブルガン王よ、私の歓迎など良いのです。私はエレーヌの生い立ちを知るためにきたのです」

ゲルハルトはエレーヌのことを少しでも知りたかった。

エレーヌが普通の育ちをしていないことは明らかだ。ブルガンでどう育てられたのか、少しでも知りたかった。

王妃はエレーヌのことを持ち出すと憎々し気な顔つきになった。ゲルハルトはちらりと王妃を見たが、もう一度、視点をブルガン国王に定めた。

「出生を疑うわけではありません。ただ、生い立ちを知りたいのです」

「婿殿よ、まあ、落ち着かれよ。あれに不満があったのだろう。今度は別の娘をやろう。こちらも美しいぞ」

「別の娘?」

「ああ、代わりをやろう」

「代わり? そんなのはいらない!」

ブルガン王にはどうしてそこにゲルハルトが怒りを示すのかがわからなかった。嫁がせた娘が気に入らないというなら、別の娘を差し出してやるというのに。

「婿殿も、子をたくさん作ればよい。そうすれば、いつか役に立つ。イザベラ、こちらへ」

イザベラはしおらしい態度で前に進み出てきた。

「王女イザベラだ。先に嫁にやった娘はちょっと母親の出が悪くてな、確かに教育が不十分だったことは申し訳なかった。あとから送った通訳に教育も頼んだのだがな。それでも不満なのだろう。どうだ、イザベラで勘弁してもらえんか」

「イザベラと申します」

イザベラは気品高い笑みを浮かべて、精一杯、愛らしい仕草で辞儀をした。

正装のゲルハルトを一目見た途端、イザベラは考えが変わっていた。

(何て素敵な国王なんでしょう! ぜひ、この人の妻になりたいわ)

今更、イザベラは駆け落ちを後悔していた。

ゲルハルトは礼儀として挨拶を返したが、イザベラへの興味は全く見られなかった。

「そんなことよりエレーヌの生い立ちを教えて欲しいのです」

ゲルハルトはブルガン国王に詰め寄った。

ブルガン王女の輿入れの際に、ラクア王国からブルガン王国へ、かなりの財産が渡っている。金貨二万枚、小麦一倉分、絹織物一万反、と数え上げるときりがない。

要はブルガン王家は古の血を売っているのだ。それで財政の一角を支えている。売った商品が欠陥品だったのだから、ブルガン王国の方が立場は弱い。

しかし、それはブルガン国王の視点からであって、ゲルハルトはそれを責めに来たわけではなかった。

「ブルガン王、俺は、エレーヌの育ちを知りたいだけだ。早く教えてくれ」

ゲルハルトがそう言ってもまだ、ブルガン王はゲルハルトが怒っているのは商品が悪かったからだと思っていた。

「だから、これをやるといっておる。イザベラをやると」

もう新品ではなくなってしまったが、イザベラにもまだまだ商品価値はあるはずだ。ブルガン王家の血を引く子を生せるのだから。

「あれはこちらに返さんでも良い。煮るなり焼くなり婿殿の好きにしてくれ」

ついにゲルハルトは声を荒げた。

「俺を馬鹿にするのはやめてくれ! ブルガン王、あなたは、俺やエレーヌやその王女を何だと思っているのだ!」

ゲルハルトは自分もまたスペアとして生きてきたために、ブルガン国王の言い分はわからないでもなかったが、エレーヌが駄目ならイザベラで、と思っているのだとすれば二人の王女を、そして、ゲルハルトを馬鹿にした話だ。

「いいから、ブルガン王よ、エレーヌの生い立ちを教えるのだ。教えないというのなら、自分で探るまで」

ゲルハルトは王宮の奥へと足を向けた。ゲルハルトの側近らもぞろぞろと従う。

そこへ、イザベラがゲルハルトの腕を取ってきた。イザベラはラクア語で話しかける。

「陛下、わたくしが陛下のご機嫌を直して差し上げますわ。本当はわたくしが陛下に嫁ぐ予定でしたのよ。ラクア語もラクアの歴史も学んでいますわ」

イザベラがゲルハルトの腕に胸を押し付けるも、ゲルハルトは素っ気なかった。

「遠慮する」

「ゲルハルトさま、私たち、良い夫婦になれそうですのに」

甘ったるい声も、ゲルハルトには何ら響いてはいなさそうだった。

ゲルハルトがイザベラを振り切って奥に足を向けるのを見た宰相は、国王に耳打ちした。

「エレーヌさまの住んでいた塔にご案内したほうが良いのでは」

そこまで聞いてもまだ、ブルガン国王は、ゲルハルトの目的がよくわかっていなかった。

「なんでだ?」

「とにかくそうしたほうがよろしいかと」

「では、そうしてくれ」

宰相は、王宮の裏にある崩れかけた塔へゲルハルトを案内した。

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