もう一度、この愛に気づいてくれるなら
ラクア王国に向かう馬車の中、帽子の男はエレーヌに話しかけてきた。しかし、エレーヌには何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
男はエレーヌがその言葉を理解できるものだと思い込んでいたようで、エレーヌが理解できないと知ると、呆れた顔を向けてきた。男は側近と言葉を交わす。
『呆れたな。この王女は帝国語もわからんらしい』
『一国の王女なのに教養も身に着けておられぬとは』
『まあ、いい。あいつには、見目は良くとも中身はすっからかんの妃がお似合いだ』
『そうですな』
エレーヌには何を言っているのか理解できなかったが、侮蔑されているのはわかった。二人はエレーヌに向けてあからさまに馬鹿にした笑い声を上げている。
しかし、何をされるのか不安しかなかったエレーヌは、ひどいことでもされないか恐れるだけで、馬鹿にされることなど気にもならなかった。
(私が第三王女ではないとわかっているのかしら。下女の娘だとわかったら、どうなるのかしら)
第三王女のなりすましだとわかったら、どんな扱いになるかわからない。エレーヌには、王女らしさどころか、普通の娘らしさも良くわからなかったが、とにかくぼろを出さないようにするしかなかった。
馬車が止まると、帽子の男は、荷物のなかから板のようなものを出した。そして、エレーヌの足元に無造作に投げつけた。板は床に落ちた。
男たちはそのまま出て行った。それきり、男たちが乗ってこないまま馬車が走り始めた。帽子の男は、もうエレーヌの相手をすることをやめて、別の馬車に乗ったようだった。
馬車で一人になって、エレーヌはほっと息をついた。それでも、姿勢を崩すことも出来ず、じっとしていた。
辺りが暗くなり馬車は止まった。ガチャリとドアが開いて身構えると、かごとブランケットが投げ込まれた。かごには飲み物とパンにハムが入っていた。喉が渇いてたまらなかったエレーヌは、筒に入った飲み物に口をつけた。
パンをかじると少し気分が落ち着いてきた。ブランケットで身を包むと眠くなってきた。