もう一度、この愛に気づいてくれるなら
シュタイン夫人の馬に乗せてもらえば、ほどなくして、シュタイン城が見えてきた。

シュタイン城は山を下りたところにあり、辺りには田園が広がっていた。民家が立ち並び始めたと思えば、教会も見えてきた。街道を南に向かう道に曲がれば、並んだ木立に隠れるようにしてシュタイン城はあった。

夫人はエレーヌを南向きの部屋に連れて行った。快適そうな居間に続きの寝室がある。客間というよりは、この城の令嬢のための部屋のようだった。

「ここでお休みになって」

てっきり使用人部屋に案内されると思っていたエレーヌは後ずさった。

「あの、もっと粗末な部屋でも十分です。使用人の部屋で」

「だめよ、あなたは大事なお客さまよ。何といっても命の恩人だもの」

エレーヌは針子として働くつもりだったために恐縮した。命の恩人と言っても水をくんできただけだ。

エレーヌは何度も断るも、夫人は引き下がらなかった。

「命の恩人を使用人扱いだなんて、どうか、わたくしを恩知らずに仕立て上げないで。先祖に向ける顔もないわ」

そこまで言われると、エレーヌにも断り切れなかった。ありがたく使わせてもらうことにした。ただし、エレーヌが使ってもいいような部屋ではないことだけはわきまえておくつもりだった。

(とにかく親切な夫妻に出会えて良かったわ)

エレーヌは自分の幸運に感謝した。

部屋に夕食が届いたが、エレーヌは食欲が湧かず、パンだけ口にした。

侍女がやって来て、エレーヌに湯あみをさせた。湯に浸かり、そこでやっと気がほぐれてきた。

(助かった……、この命、助かったんだわ………)

昨日、王宮を出て、今日、殺されそうになった。しかし、今は温かい湯船にいる。

ほっとして涙ぐむ。

侍女がナイトドレスに着替えさせてくれた。そのドレスは、少々サイズが大きかった。

疲れ果てていたエレーヌはベッドに横になるとすぐに寝入った。

夜半、目が覚めて、エレーヌはひどい喪失感に襲われた。

ゲルハルトの温もりはもうない。

(二年もひとりぼっちで生きてきたのに、一人で目覚めるのがこんなに寂しいなんて)

ゲルハルトと親密に過ごしたのは正味一か月ほどだ。

(ゲルハルトさまのせいで随分と私は寂しがり屋になったのね。こんなに一人が寂しいなんて)

ゲルハルトの触り心地が恋しかった。ふわふわした眉毛が恋しい。

(ゲルハルトさまはどこを触っても怒らなかったわ。嬉しそうにしてたわ)

エレーヌはゲルハルトを思って涙した。

< 75 / 107 >

この作品をシェア

pagetop