もう一度、この愛に気づいてくれるなら
午後は、シュタイン夫妻と散策に出ることになった。
シュタイン城の周囲は木立で囲まれているが、木立までの間にちょっと開けた原っぱがあった。式典に使ったり、有事には野営も張れそうだったが、馬場としても持って来いの場所だった。
乗馬好きの夫妻らしく、散策も騎馬でするようだった。エレーヌもズボンに穿き替えていた。
「エレーヌ、あなたも一人で乗ってみる?」
エレーヌはゲルハルトとよく乗馬をした。エレーヌも一人で乗ってみたかったが、とうとうそれをゲルハルトに伝えられないままだった。
ジェスチャーで何度も伝えてみるも、ゲルハルトは首をかしげるばかりだった。もしかしたらエレーヌを一人で乗せる気がなかっただけなのかもしれなかった。
「まあ、いいんですか」
目を輝かせるエレーヌにシュタイン夫人も嬉しそうな顔をした。
「この馬はおばあちゃん馬なの。急に走り出すこともないから大丈夫よ」
エレーヌは鞍にまたがって、腹に蹴りを入れた。どんなに蹴りを入れても歩き出そうとしない。
しまいには手に持った鞭《べん》でやっと歩き始めた。
馬の首を打つのは可哀そうな気がしたが、「おばあちゃんだけど動かさないとますます弱ってしまうのよ」と夫人が言ってきたので、手加減しながら打つことにした。
エレーヌは原っぱの真ん中を、夫妻はその外周をやはり馬で回る。
(なんて気持ち良いの)
並み足で歩いているだけだが、馬の揺れが心地いい。
馬から降りると、足ががくがくと震えていた。これまではいくら乗ってもこんなになることはなかったが、それはゲルハルトが背後で支えてくれていたからだ。
一人で乗れば足の筋肉をどれだけ酷使しなければならないかがわかったが、エレーヌは一人乗りも楽しいと思えていた。
伯爵も夫人も、ぎこちなく歩くエレーヌを見て笑って何か話し合っている。
「エレーヌ、あなた筋が良いわよ。おばあちゃん馬とも相性が良さそうだと、主人が言ってるわ。ここしばらくで、あんなに長い間歩かせることができた人はいなかったって」
その夜は、三人での晩餐となった。エレーヌは運動しすぎたのか、食欲がなかったが、三人での会話は楽しいものだった。
夫人は、エレーヌに向けられた会話のみならず、夫妻同士の会話も、必ず、エレーヌに訳してくれた。
「大きな一粒栗だ。砂糖漬けだな。私の大好物なんだ」
「あなた、甘いもの好きなのよね」
そんなたわいな会話でも必ず、夫人は訳してくれた。
(ディミーはそんなことなかったわ)
思えば、ディミーはディミーの基準で訳すか訳さないかを決めていた。
エレーヌは、ディミーのことを考えれば、思考が鈍くなった。エレーヌにはまだディミーをどうとらえればよいのかわからなかった。
別れた朝に向けられた侮蔑のこもる目を思えば、裏切られたのだとは思う。
しかし、本当にディミーはそんな人だったのか、と、まだ納得しきれていない。
エレーヌにはまだ、それを考えるには時間がかかっていた。それに今となってしまえば、ディミーについて考えても無駄なことであるようにも思える。
(とにかく、今はシュタイン夫妻に拾われたのだから)
エレーヌはディミーのことを頭から追い払った。