もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エレーヌが、毎日の日課となった刺繍を楽しんでいると、シュタイン夫人が言ってきた。
「エレーヌの腕なら、リボン刺繍もこなせそうね」
リボン刺繍というのは、糸の代わりに細いリボンを使う刺繍だった。図柄が立体的となり、とても豪華なものだ。技巧的には難易度が高い。
「できますわ。刺繍リボンさえあれば」
ときおり老婆が、塔に、絹のリボンを持ってきていた。ブルガンの貴族の間でも、リボン刺繍は需要が高かった。
母親がいたころは、母親が花を、エレーヌは葉っぱを刺していた。母親の方が技量が上だった。
母親がいなくなってからは、ときおり持ち込まれるそれをエレーヌが一人で仕上げていたが、次々とリボン刺繍の仕事は舞い込んだのでエレーヌの腕も不足はないはずだ。
シュタイン夫人は、侍女に手鏡を持ってこさせると、手鏡の背中を見せてきた。
鏡の背中には見事なリボン刺繍を施された布が貼ってあった。それは、ところどころリボンが朽ちるほど、古いものだった。
「これは、わたくしの母がブルガンにいた頃に両親から贈られたものなのよ」
エレーヌにはその図柄に見覚えがあった。百合をモチーフにしたその図案は、母親からエレーヌと伝わった図案だった。
(お母さまの図案………!)
エレーヌは母の温もりに触れたような気がした。
しかし、母親の手で刺したものにしては古すぎる。顔も知らない祖母か近縁の者が刺したものに違いなかった。
それがブルガンに生まれ育ったシュタイン夫人の母親に、縁あって渡ったのだろう。
シュタイン夫人がエレーヌの顔つきを見て訊いてきた。
「これを知っているの?」
「母が伝えてくれた図案です。なので、私の祖母が刺したものかもしれません」
「まあ、そうなのね。奇遇ね!」
シュタイン夫人も驚いた声を出していた。
「では、この手鏡をあなたに差し上げるわ」
「いいんですか?」
エレーヌに手渡された手鏡の背中を、エレーヌはそっと撫でた。
「そのかわりに、新しいものを私に作っていただけないかしら」
「えっ? ええ、ぜひ!」
自分の刺繍の腕を求められて、エレーヌは嬉しかった。
「では、リボンと生地を、商人に持ってこさせるわね」
その手鏡のせいもあって、シュタイン夫人とのつながりを母がもたらしてくれたのではないかと思い、シュタイン夫人に《えにし》を感じ、ますますシュタイン夫人を信じるようになった。