もう一度、この愛に気づいてくれるなら
いつのまにか眠ってしまったようで、馬車が動き出してから、目が覚めた。

婚姻使節団の一行は、まだ夜が明けきらないうちに、出発したようだった。エレーヌは座席に丸まって眠っていたために体の節々が痛かった。

少しずつ緊張が解けてきたエレーヌは、馬車の中で、腕や足を伸ばしたりした。そのうち、馬車の中にも朝陽が差し込んできた。

床に落ちたままの板に気がついた。エレーヌは拾い上げた。

板は枠に布を貼ったものであるらしかった。ひっくり返すと男の顔があった。

(これって、肖像画……?)

黒目黒髪の男が描かれている。

そういえば、帽子の男に出会ったとき、これを胸に掲げていたような気がしてきた。

国王はこの肖像画を指して「お前の夫だ」と言ったのだとそのときになって気づいた。どうりで帽子の男の態度が、妻に対するものにしては、やけに冷え冷えとしていたはずだった。

(この人が私の夫なのね………?)

黒目黒髪の男は、こちらを向いており、怖そうに見えた。しかし、エレーヌには目が離せなくなった。

(まっすぐに伸びた眉に、意志の強そうな目、引き締まった口元……。侍女が美男子だと言っていたわね)

エレーヌにも、男の姿形が好ましく見えた。

(夫になる人だから、そう思えるのかしら)

それからずっと、エレーヌは馬車の中で、向かいの座席に肖像画をおいて、いつも眺めた。

(あなたは何という名前なの? どんな声をしているの?)

肖像画に心で語りかけた。そうしているうちに、慕う気持ちが湧いてきた。

(怖そうにも見えるけど、きっと優しい人よ。だって、目がとても澄んでいるんだもの)

漆黒の目は夜空のようにどこまでも続いているように見える。

(優しい人でありますように。旦那さま、どうか私と心を通じ合わせてくださいませ)

馬車の中で、エレーヌは毎日、肖像画に語りかけた。

ラクア王国に入る前、エレーヌは馬車の外に出た。そこでブルガンの衣装を脱いで、上から下まですべてラクアの衣装に着替えた。

文字通り、身一つで輿入れすることになった。

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