もう一度、この愛に気づいてくれるなら
裸の国王

ゲルハルト・アイクシュテットはラクア王国の第二王子としての立場をわきまえていた。つまり自分はスペアでしかない、とわかっていた。

そしてそれをゲルハルトは好都合として捉え、自由の身を謳歌していた。何か月も放浪の旅に出かけたり、かと思えば、王宮図書館にこもって本を枕に寝泊まりすることもあった。

廷臣らは、そんなゲルハルトに期待は寄せず、何か問題でも起こさないことを願うばかりだった。

「まだお若いからいいが、これから酒に女の味を知ったらどうなることか」

「とにかく精力旺盛で利かん気なゲルハルトさまのことだ。愛妾を100人抱えて、酒を満たした池を作っても驚かないぞ、俺は」

「そして、いきなり、その愛妾を全員追い出して、今度は博士を100人集めても驚かないぞ、俺も」

「とにかく問題を起こさなければいいが」

しかし、ゲルハルトの自由も、18歳で終わることになった。父親である国王が死んだ際、国王夫妻の婚姻を無効だとして、父方の血筋の公爵家が王位継承権を主張してきた。言いがかりも甚だしいが、理屈よりも武力が勝る。公爵家との間で内乱が起き、あろうことか兄が内乱に破れ死んだ。

王位は公爵家に移るかと思いきや、ゲルハルトは、大陸の覇者である帝国を味方につけ、公爵家を打ち破り、王位に着いた。

ゲルハルトは王位に着けば、博士を招いたり、商人に出資したり、自分まで船に乗って近海に出たり、再び自由を謳歌し始めた。

「まさか、今度は自分が新大陸を見つけようなどとは言い出しはすまいな」

「海賊の真似事をおっぱじめても、驚かんぞ」

そこへ、ブルガン王国との縁談が持ち上がった。ブルガン王国は小国だが大陸で最も古い国で、新興勢力であるラクア王国にとっては、またとない縁談だった。まだ結婚など視野に無さそうなゲルハルトだったが、廷臣らの予想に反して、婚姻を受け入れた。

「ゲルハルトさまも少しは政治をわかる人だったということだな」

ブルガン王国とのつながりは、国内の貴族へも、帝国へも、強力なけん制となる。

廷臣らの期待は膨らんだ。

「ようやく陛下も落ち着いてくださるということだ」

「ブルガン王国の王女なら、教養も高く、ゲルハルトさまをしつけ直してくださるかもしれんな」

「まだまだ少年のようなところのある陛下だ。案外尻に敷かれるかもしれん」

しかし、婚姻使節団が戻ってきて、団長の帽子公爵ことヴァロア公爵からの説明に、廷臣らはがっかりした。

「ブルガン王女には何の教養もなく、帝国語もわからないそうだ。ひょっとしたら声も出ないかもしれない。マナーもなっておらず、田舎娘のようだとさ」

大陸では帝国語が貴族らの共通語だった。母国語で喋るのは家族間のみで、貴族同士では帝国語を使う。そのため、帝国語は宮廷語とも呼ばれた。

貴族なのに帝国語を喋ることができないのは全く教育を受けていないとしか思えなかった。

「そのような娘を寄越すとは、ブルガン王国はラクア王国を馬鹿にしているのではないか」

そんな囁き声さえある。

当のゲルハルトは、ヴァロア公爵の報告ですっかり興味をなくしたのか、政略結婚にもともと興味がなかったのか、花嫁を出迎えるというその日、港に出てしまった。

それもあり、花嫁を出迎えるために王宮に集まった貴族らは、冷淡さのこもる目で、花嫁の乗った馬車の到着を待っていた。

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