もう一度、この愛に気づいてくれるなら
エヴァンズ夫人は知性的で品が良く、嘘を言うような人には到底見えなかった。
そんな自分の第一印象を利用して、エヴァンズ夫人は、若く美しい女性に対してちょっとした意地悪をしてきた。
「そういうつもりではなかった」「あなたの勘違いよ」「私はあなたのためを思ってやったのよ」
知的な目でまっすぐに相手を見つめて、少し悲しげに言えば、周囲はエヴァンズ夫人が正しいと思う。
若くて経験の浅い令嬢は自己中心的に考えがちだ。きっとエヴァンズ夫人の親切による助言を悪いように受け取ってしまったのだろう、そして、悲劇のヒロインぶっているのだろう、と。
今回も逆に教えられたことにエレーヌが気づいても、エレーヌ一人どうとでも丸め込める、と高をくくっていた。
エレーヌへの授業が途絶え、王宮に呼ばれなくなり、そのうち、エレーヌが別宮へと遠ざけられたと噂が耳に届くと、胸がすくのを感じた。
若くて美しい娘が、また一人つらく悲しい思いをしたかと思えば、エヴァンズ夫人の気が晴れる。
エヴァンズ夫人は可哀そうな境遇の者には同情を感じ、惜しみなく親切にできるが、自分よりも多くを持つ者、若さに美しさを持つ者には、嫉妬を募らせ憎しみを抱いていた。
夫に裏切られ、息子たちにも目も向けられなくなったエヴァンズ夫人は不幸だった。境遇が不幸なのではなく、心の持ち方が不幸だった。
エヴァンズ夫人は、自分の苦しみが、若く美しい女性の苦しみで、凪いでいくような気がした。
しかし、エヴァンズ夫人はそれを決しては表には出さない。
「ブルガンの王女、遠ざけられて、良い気味ね」
「ホントよ、あんな傲慢な王女、陛下にも嫌われて当然よ」
貴婦人に令嬢らがそんなことを口に出せば、エヴァンズ夫人は、「そんなことをおっしゃってはなりませんわ。エレーヌさまが気の毒すぎます」と、悲しげな目で見るだけで、悪口や陰口には一切参加しない。
そのために、人格者だと思われていた。
王宮に呼ばれたとき、まさか、ゲルハルトがエレーヌの事で呼んだとは思ってもいなかった。エレーヌはとっくに別宮に遠ざけられたはずだ。
「どうして、『愛する』と『憎む』を逆に教えたのだ」
無表情のゲルハルトの短い問いに、咄嗟に何を意味するのか分からなかったが、エヴァンズ夫人は目に困惑と悲しみを浮かべてみせた。
「何のことでしょうか………?」
「あなたのやったことは許されないことだ」
ゲルハルトはそこで、見るのも不快だというように、エヴァンズ夫人から顔を背けた。
それから、エヴァンズ夫人は地下牢へと連れて行かれることになった。そのときになって、エヴァンズ夫人はゲルハルトが内側に静かな激昂を抱いていることに気づくことになった。
「ま、待ってください! へ、陛下、誤解です。エレーヌさまが何か勘違いされているのです……」
エヴァンズ夫人の声はゲルハルトに届かなかった。
エヴァンズ夫人の不運は、ディミーがいたことだった。ディミーがいなければ、エレーヌとゲルハルトのすれ違いは起きず、エヴァンズ夫人の意地悪も取るに足らずに終わったかもしれなかった。しかし、ディミーと相乗効果となって、致命的な打撃をエレーヌに与えることになった。そして、軽はずみな行為は明らかになった。
ちょっとした意地悪が、ついにエヴァンズ夫人から多くのものを失わせることになった。
***
ゲルハルトは、いろいろと調査を進めたものの、ヴァロア公爵の尻尾はなかなか掴めなかった。
ディミーなら何か知っているに違いなかったが、ディミーを簡単に死なせるわけにはいかなかった。そのために拷問で吐かせることもできずにいた。
そこへ、ミレイユの訪問があった。
そんな自分の第一印象を利用して、エヴァンズ夫人は、若く美しい女性に対してちょっとした意地悪をしてきた。
「そういうつもりではなかった」「あなたの勘違いよ」「私はあなたのためを思ってやったのよ」
知的な目でまっすぐに相手を見つめて、少し悲しげに言えば、周囲はエヴァンズ夫人が正しいと思う。
若くて経験の浅い令嬢は自己中心的に考えがちだ。きっとエヴァンズ夫人の親切による助言を悪いように受け取ってしまったのだろう、そして、悲劇のヒロインぶっているのだろう、と。
今回も逆に教えられたことにエレーヌが気づいても、エレーヌ一人どうとでも丸め込める、と高をくくっていた。
エレーヌへの授業が途絶え、王宮に呼ばれなくなり、そのうち、エレーヌが別宮へと遠ざけられたと噂が耳に届くと、胸がすくのを感じた。
若くて美しい娘が、また一人つらく悲しい思いをしたかと思えば、エヴァンズ夫人の気が晴れる。
エヴァンズ夫人は可哀そうな境遇の者には同情を感じ、惜しみなく親切にできるが、自分よりも多くを持つ者、若さに美しさを持つ者には、嫉妬を募らせ憎しみを抱いていた。
夫に裏切られ、息子たちにも目も向けられなくなったエヴァンズ夫人は不幸だった。境遇が不幸なのではなく、心の持ち方が不幸だった。
エヴァンズ夫人は、自分の苦しみが、若く美しい女性の苦しみで、凪いでいくような気がした。
しかし、エヴァンズ夫人はそれを決しては表には出さない。
「ブルガンの王女、遠ざけられて、良い気味ね」
「ホントよ、あんな傲慢な王女、陛下にも嫌われて当然よ」
貴婦人に令嬢らがそんなことを口に出せば、エヴァンズ夫人は、「そんなことをおっしゃってはなりませんわ。エレーヌさまが気の毒すぎます」と、悲しげな目で見るだけで、悪口や陰口には一切参加しない。
そのために、人格者だと思われていた。
王宮に呼ばれたとき、まさか、ゲルハルトがエレーヌの事で呼んだとは思ってもいなかった。エレーヌはとっくに別宮に遠ざけられたはずだ。
「どうして、『愛する』と『憎む』を逆に教えたのだ」
無表情のゲルハルトの短い問いに、咄嗟に何を意味するのか分からなかったが、エヴァンズ夫人は目に困惑と悲しみを浮かべてみせた。
「何のことでしょうか………?」
「あなたのやったことは許されないことだ」
ゲルハルトはそこで、見るのも不快だというように、エヴァンズ夫人から顔を背けた。
それから、エヴァンズ夫人は地下牢へと連れて行かれることになった。そのときになって、エヴァンズ夫人はゲルハルトが内側に静かな激昂を抱いていることに気づくことになった。
「ま、待ってください! へ、陛下、誤解です。エレーヌさまが何か勘違いされているのです……」
エヴァンズ夫人の声はゲルハルトに届かなかった。
エヴァンズ夫人の不運は、ディミーがいたことだった。ディミーがいなければ、エレーヌとゲルハルトのすれ違いは起きず、エヴァンズ夫人の意地悪も取るに足らずに終わったかもしれなかった。しかし、ディミーと相乗効果となって、致命的な打撃をエレーヌに与えることになった。そして、軽はずみな行為は明らかになった。
ちょっとした意地悪が、ついにエヴァンズ夫人から多くのものを失わせることになった。
***
ゲルハルトは、いろいろと調査を進めたものの、ヴァロア公爵の尻尾はなかなか掴めなかった。
ディミーなら何か知っているに違いなかったが、ディミーを簡単に死なせるわけにはいかなかった。そのために拷問で吐かせることもできずにいた。
そこへ、ミレイユの訪問があった。