もう一度、この愛に気づいてくれるなら
現れた黒衣にゲルハルトは目を向けた。
ゲルハルトにとっては、幼い頃から王宮に出入りしていたミレイユは実の姉のような存在だった。
しかし、ヴァロア公爵とディミーとが通じているらしいことを知ってからは、ゲルハルトはミレイユへも疑いを持った。
いつもカトリーナを気遣っているミレイユには感謝の念を抱いていたために、ゲルハルトはヴァロア公爵の裏切りよりも、ミレイユの裏切りの可能性の方が何十倍も苦しかった。
「ゲルハルト、兄は明日から、領地に行くわ。ヴァロア家当主の持つ鍵をあなたに託すわ」
ミレイユは眉を苦し気にゆがめて、重厚な鍵を渡してきた。
「託す……? ミレイユ……、どうして俺にそれを……?」
「ふふっ……、ふふふっ………。ゲルハルト、あなたも気づいてたでしょうけど、私はあなたを恨んでた。どうして、夫は死んだのにあなたは生きているのか、と。どうして、もっと早く我が軍を勝利に導いて夫を助けてくれなかったのかと。ずっと八つ当たりしてた」
ゲルハルトは虚を突かれたような顔をしていた。ゲルハルトは、ミレイユの逆恨みに少しも気づいていなかった。ただ、亡き兄の妻がいまだに母を大切に思ってくれているのを、のん気にありがたく思っていただけだった。
そんなゲルハルトの顔つきを見て、ミレイユはまた笑った。
「ふふふふっ、ふふっ……。あなたは本当にそういう人。悪意が通じない人」
「ミレイユ……」
「私はずっと苦しんできたの。あなたを恨むことで耐えてきた。そして、今、私は本当に恨むべき相手が他にいるのではないか、と思っているの。ふふふっ、ふふふふふっ………」
ミレイユは壊れたように笑っていた。