もう一度、この愛に気づいてくれるなら

ミレイユの兄への疑いは、エレーヌから自身のことへ飛び火した。

兄は常々、「神輿は軽い方が良い」と言っていた。

前国王は言動が立派で、政治にも明るく、廷臣からの信頼も厚かった。もちろん、国民にも人気があった。威厳のある国王だった。そんな国王が軽い神輿のはずもない。

兄にとって、「軽い神輿=ゲルハルト」であったとすれば。

(兄は、もしかして、私の夫を………?)

そう思い始めれば止められなかった。

いずれ兄はゲルハルトも殺して、エディーを擁して、摂政にでもなるつもりではなかったのか。

夫の死は、戦場で起きたことだ。今となっては真実は闇の中だが、エレーヌについてなら、まだ間に合うかもしれない。たとえエレーヌがこの世にいなくとも、兄の罪を問うのにはまだ。

そう思い、本来は当主しか手にしてはいけないはずの扉の鍵を持ちだした。

実家を王兵に荒らさせる真似などしたくはなかったが、兄への疑いは日増しに強くなるばかり。

兄がエレーヌの出奔に関与していなければ、これまで通り、静かにゲルハルトを恨むつもりだった。

「私はずっと苦しいの。夫を思って、あなたを恨んでずっと苦しかった」

ゲルハルトは何も言えなかった。ゲルハルトは理解不能とでもいうような顔でミレイユを見てきた。

(ああ、この単細胞は、人の悪意に無頓着なのだわ。攻撃でも受けない限り、悪意なんか気づかずに無傷で通り過ぎる)

「だから、あなたがエレーヌと幸せそうにしているのを見ると、恨みが募った。でも、エレーヌがもうこの世のどこにもいないとすれば、わたしは……」

ミレイユはそこで喉を詰まらせた。

(可哀想なエレーヌ……)

ミレイユはゲルハルトをキッと見た。自分でさえエレーヌのことで心を痛めているのに、どうしてこの単細胞は呑気な顔をしているのか。

「どうして? どうして、あなたはそんなに安穏としていられるの? エレーヌを失ったのに。おそらくエレーヌはもう……」

兄の手によって葬られているだろう。

なのに、ゲルハルトは、呑気どころか、どこか、幸福そうな顔つきをしている。すぐ目の先に大きな喜びが待ち構えているかのような………。












そう、ゲルハルトは待っている。

エレーヌが、ゲルハルトの愛に気づくことを。

そして、もう一度、会える日が来ることを――。


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