撃たれても溺愛
1,溺愛ストーリー&小さな子どもが大活躍

 深刻な表情のスフィーロ・モダサルタード・ジュエは口ごもりながら自らの現状を語った。
「愛のない結婚だと思っていたのに、旦那様から愛されてしまって……どうしたらいいのか、わからなくて」
 国家よろず相談員マースペンサ・ライダラ・リオは穏やかな声で言った。
「愛のない結婚だと思っていたのに、旦那様から愛されている。その現状に、何がご不満なのでしょう」
 ジュエの双眸に涙が滲む。
「私は旦那様に愛される資格がございません」
 リオは彼女にハンカチーフを差し出した。
「よろしかったら、これで涙を拭いて下さい」
 その好意すら相談者には負担となったようだ。
「私は、このような優しさに値する人間ではないのです」
 沈鬱な顔のジュエは泣いてばかりで涙を拭くハンカチを受け取ろうとしなかった。厚意を無にされた格好のリオだが、気を悪くしたような素振りは見せない。まだ十歳にならないけれど彼女は前世の知識やスキルを活かし最年少で国家よろず相談員になった逸材だ。これくらいで動じない。こういうものだと理解している。資料のメモに視線を落とす。
「離婚前提のご夫婦だったのですね」
 ジュエと夫レックスは離婚を前提とした婚姻契約の結婚だった。事前に記入してもらった相談用紙には、その理由が書かれていない。リオは事情を尋ねた。
「旦那様は結婚というものに興味がございませんでした。それなのに色々なところから縁談を持ち込まれ、迷惑していたのです。そこで私と一時的な結婚をして縁談をシャットアウトするおつもりでした」
 その説明に疑問を抱いたリオはジュエに尋ねた。
「離婚したら、また縁談が来るのでは? そうなったら、また結婚しないといけなくなる」
「次の結婚相手は、もう決まっています」
「どなたです?」
「私の妹ルクレアーゼです」

2,家族愛の裏側&華麗なる大逆転返し&スキルを活かして活躍!&追放先で幸せに

 生きる価値のない地味子のくせに、どうしてジュエは自殺しないのだろう?
 その汚い顔をさらして、恥ずかしくないのだろうか?
 妹の私が、どれだけ姉を恥ずかしく思っているか、気付かないのだろうか?
 その存在が家族全体を不幸のどん底に陥れているというのに、なぜ平然としていられるのか?
 それは姉が最低最悪の人間だからだ。
 ルクレアーゼは子供の頃から、ずっとそう思っている。姉のせいで自分は不幸せなのだとも考えている。姉のジュエが呼吸をするたびに自分の不幸が蓄積しているとまで感じている。この世から姉が消えたら、その日から自分の幸福な人生が始まることが分かっている。
 姉を排除すること、それがルクレアーゼの夢だった。
 超エリートであるスフィーロ・モダサルタード・レックスとの結婚を嫌がる姉をなだめすかし婚約させたのは、それが期限の決まった契約結婚だからではない。目障りな姉が実家から消える、それが嬉しかったのだ。見せかけの家族愛には、もううんざりだった。
 しかし理由は、そればかりではない。ルクレアーゼは、レックスの性的能力と嗜好を疑っていた。隠さねばならない秘密を隠すための偽装結婚の相手はごめんだ。そこで秘密の有無を調査する役割を姉に担ってもらったのだった。
 その条件はクリアした。レックスに自分の結婚相手としての資格があるとなれば、リトマス試験紙役の姉は用済みだ。華麗なる大逆転なんてない。あるとすれば、華麗なる大逆転返しだ。ルクレアーゼは、二度目の契約結婚の相手としてレックスに嫁ぐ意思を固めた。夫から溺愛される自信はある。もしもの話、そうならないときは、財産の半分を頂戴し、それを元手にスキルを活かして活躍するつもりだった。離婚のときのごたごたが噂話になって広まり、ここにいられなくなったら、追放された気になって新天地へ赴く。そこで自分らしく生きて、今度こそ幸せになるの……とルクレアーゼは心をときめかせていた。
 それなのに……ああ、それなのに、それなのに!
 地味子の姉ジュエが超絶エリートの脳外科医レックスに溺愛されてしまうなんて、ありえない!
 ルクレアーゼは違法な武器業者から外国製の狙撃銃を購入した。弾丸も買った。いずれも出処が割れないよう気を遣い入念に準備して手に入れたものだった。
 特技を生かす時が来た。銃撃が得意なルクレアーゼは、国家よろず相談員マースペンサ・ライダラ・リオとの面談を終え、自宅へ戻った姉ジュエを狙撃した。弾丸はジュエの頭部に命中した。

3,転生によりチートや最強スキルを授かったヒロインと新たな場所で思わぬ才能が開花した悪女

 国家よろず相談員マースペンサ・ライダラ・リオの事務所を訪れたスフィーロ・モダサルタード・ジュエは、すっきりした顔をしていた。彼女を見たリオは、その明るい表情に驚きを隠せなかった。憑き物が落ちたような印象さえ抱いた。
「お体の具合は大丈夫ですか?」
 尋ねられたジュエは微笑んで頷いた。
「おかげさまで、すっかり元気になりました。これも夫レックスのおかげですわ」
 意識不明の重体に陥ったジュエは、天才脳外科医であるレックスの手術で一命をとりとめた。そして夫の献身的な看病で奇跡の回復を遂げたのである。
「夫の溺愛は本物でした。私が死んだら自分は生きていけないとまで言ってくれたのです。こんなにまで尽くしてくれた夫を、私は裏切れません。一生、夫を愛し続けます」
 そう言ってからジュエは頬を染めて白い歯を見せた。
「彼との結婚は、私を生まれ変わらせてくれました。こんなにも夫に愛されている自分は、生きる価値があるのだと分かったのです。これからは自分を卑下するのは止めます。そして夫と、世の中のために尽くすことを生きがいとします」
 脳に重大な損傷を負ったジュエは奇跡の回復後、不思議な力を見せるようになった。手をかざすだけで病を治したり、先のことを予言したりといった、超能力に目覚めたのである。
 それからジュエは、妹のルクレアーゼについて語った。
「妹には悪いことをしました。本当なら、妹がレックスの妻となっていたのですもの。でも妹は、私たち夫婦を許してくれました。妹は今、趣味の狩猟を楽しんでいます。いえ、趣味なんてレベルじゃありませんわ。プロの猛獣ハンターとして、人間に危害を与える危険な獣を退治する仕事をしているんです。毎日がとても楽しいと手紙を送ってきます。結婚しなくて良かったと。でも、どうやら彼氏ができたみたいなんです。ハンティングの仲間なんですけど、とても気が合うみたいで。妹が幸せになってくれたら、本当に嬉しいです」
 話を終え帰って行くジュエを見送ったリオは、ジュエの相談資料を<解決済み>のファイル棚に入れてから、午後のコーヒーを味わった。
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