そっと、ぎゅっと抱きしめて
仕事帰りの人たちが並ぶ、帰宅ラッシュのホーム。
わたしはぼんやりとしながら、列の一番前に並んでいた。
すると、眩しい光と共に右側から電車が走って来るのが見えた。
段々と近付いて来る電車。
わたしは、その電車に吸い寄せられるように足を一歩踏み出し、そしてまた一歩と踏み出した。
このまま吸い寄せられてしまえばいい。
そう思い、もう一歩踏み出そうとした瞬間、後ろから誰かに腕を引かれ、ハッと我に返った。
通り過ぎる電車は、物凄い勢いの風を吹かせながら、ゆっくりと止まり、扉を開く。
「大丈夫ですか?!」
わたしの腕を掴み、心配そうに声を掛けてくる男性。
「とりあえず、乗りましょう。」
その男性に促され、一番最後に電車に乗る。
電車の扉はゆっくりと閉じると、大勢の人々を乗せ、次の駅へと走り出した。
「もう少しで電車にぶつかるところでしたよ?怪我はありませんか?」
わたしの腕を引いた男性が言う。
わたしは男性から目を逸らせながら、「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」と言った。
窓の外を流れる景色を眺めながら、わたしは思った。
助けてくれてありがとうございます、なのか。
それとも、どうして邪魔をしたんですか?なのか。
わたしは、生きることにもう嫌気がさしていた。
あのまま電車にぶつかって、バラバラになってしまえば、ラクになれたかもしれないのに。
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