そっと、ぎゅっと抱きしめて

「あ、そういえば、、、。」
「ん?」

わたしは、伊吹さんにあのことを訊いてみることにした。

「昨日、伊吹さんの作品をネットで拝見させていただいたんですけど、代表作に女性の横顔の絵が載ってて、、、あの女性って、峯岸さんですか?」

わたしがそう訊くと、伊吹さんは困ったように苦笑いを浮かべ、「あぁ、、、。」と言い、わたしは訊いてはいけないことを訊いてしまったのかと不安になった。

「はい、あれは峯岸さんです。でも、あの絵を代表作にするつもりはなかったんですけどね。」
「そうなんですか?」
「峯岸さんは、元々全く知り合いでも何でもなくて、突然現れて、わたしの絵を描いてくださいって頼まれて。最初はお断りしたんですけど、何度も頭を下げてお願いしに来るので、こっちが折れた感じというか、、、それで描いた絵なんですよ。」

そこまでして伊吹さんに自分の絵を描いて欲しかったってことは、伊吹さんのファンの人だったんだなぁ。

美術展の時の、あのわたしを睨む表情がそれを物語っている気がした。

「そのあとにマネージャーをやらせて欲しいと言われて、雇うつもりはなかったんですけど、取材も増えてきてた頃だったし、絵を描くことに集中しちゃうと取材が入ってても忘れちゃうことがあったりしたので、仕事の管理だけお任せしてるんです。」
「そうだったんですね。」
「でも、ある美術展に展示する作品の中に彼女を描いた絵が入り込んでるのを見た時は驚きました。峯岸さんがやったんでしょうね。それが偶然にも、その絵が注目されてしまって、代表作みたいになっちゃったんですよ。」

伊吹さんは呆れたように微笑むと、「この女性は誰なんですか?って、取材でめちゃくちゃ訊かれました。」と言った。

わたしは伊吹さんの言葉に「それは、そうなっちゃいますよね。」と、同情してしまうような気持ちになって言ったのだった。

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